第16話

 石造りの回廊が続いていた。

 ザスタ遺跡――かつて“時間の研究”をしていた狂った賢者が築いたダンジョンだとされている。


 壁には、崩れかけた歯車の装飾。

 天井には、時刻を刻まぬ大時計の残骸。

 床一面には、どれだけ踏んでも「現在時刻」に固定され続ける奇妙な魔法陣。


 ……明らかに、気配がおかしい。


「ここって……普通の魔物、いませんね」


 セラが周囲を見渡しながら、警戒を口にする。

 確かに、敵の気配はない。

 その代わりに、“時間が巻き戻っている痕跡”のようなものが、ところどころに存在していた。


 


 例えば――

 割れた宝箱が、十秒後に「未開封」に戻る。

 落ちた瓦礫が、三度跳ねてから、元の天井に戻る。

 血の跡だけが、逆再生のように地面を這い、壁へと消えていく。


 


(やべぇ……マジで時間がバグってる……)


 


 こんな空間のどこかに、「時の砂時計」があるはず。

 手に入れば、“今後の逃げ手”として間違いなく有用。


 


「ご主人様、私が壁壊して進みます?」


「壊すな! 時間系のトラップがあるって言われてるんだから!」


「はい♡寸止めで抑えます♡♡」


「寸止めって何に対してだよ!!」


 


 探索のテンションは、完全に一致していない。

 でも、こっちはマジだ。


 過去の失敗を繰り返さないために。

 何度も逃げる勇者になるために。

 あの砂時計だけは、絶対に回収する必要がある。


(“時間”が道具で買えるなら……俺は、いくらでも金出すぞ)


ダンジョンの奥に進むにつれ、空間の歪みが明確に強くなってきた。


 歩いているはずなのに、気づけば同じ分岐に戻っていたり、

 セラが一度口にした言葉が、二度、三度と繰り返して耳に響いたり。


 


「……ご主人様、さっきから同じこと言ってません?」


「俺も思ってた。たぶん、時間が一部ループしてる」


「やっぱりですか。どうしましょう、脳がバグりそうです」


 そう呟くフランの目がすでに若干うつろだ。

 このままじゃ、誰かが“記憶ごと過去に引きずられそう”な気配がする。


 


 そこに――視界が一気に開けた。


 巨大なホール。

 高い天井の中央には、逆さまに吊るされた砂時計が静かに輝いていた。


「……あれか」


 間違いない。

 時の砂時計――“時間を数秒だけ巻き戻す”ことができる伝説級アイテム。



 ただ、その前に――


「……来たわね」

 セラが呟いた瞬間、空間が歪む。


 視界の端に、“ノイズのような存在”が出現した。


 歪んだ人影。

 まるでビデオテープを何度も巻き戻したような動きで、にじんでは戻り、にじんでは戻る。

 名前も表示されない、ステータスも鑑定できない――


「時間を……喰ってる?」

 俺は直感で察した。


 ――あれは、“時間そのものを吸って存在してるモンスター”だ。

 即座に俺は叫ぶ。


「あれを倒せ!」


「はぁい♡お任せを♡♡」

 メルヴィナが詠唱を短縮し、魔力を跳ね上げる。

 「悦情増幅」が発動し、あの狂気的な魔力光が部屋を焼き尽くす。


 


 ――ドォン!!


 一瞬の閃光と共に、ノイズは消えた。



 そして。

 俺は、静かにその砂時計に手を伸ばす。


 指先が触れた瞬間――“音”が、止まった。


 心臓の鼓動だけが残され、世界のすべてが凍りついたような感覚。

 砂時計の中の砂が、一粒だけ、逆に流れる。


「時の砂時計──確保した」


 でも、直感が告げていた。


(この砂時計……使いすぎたら、“取り返しのつかない何か”が起こる)


 それでも――必要だ。

 逃げ切るために。生き残るために。

 俺はこの世界の理さえも利用してやる。


「これが、“もうひとつの逃げ道”だ……!」


 “時の砂時計”を――俺は、手に入れた。


 それは、唯一の“やり直しの鍵”だった。

 砂が逆流するわずかな時間。たった十秒でも、人生を変えられる一手が打てる。


 だから、手に入れた瞬間、思った。


(これで、やり直せる)

(魔王軍に狙われる前の時間に)

(セラたちに埋められる外堀からも)

(環境破壊Zoy!の罪からも)


 ――全部、なかったことにできるんだ。


 そして、俺は振り返った。


「……よし、これで逃げ――」


 


 バキィンッ!!!


 


 音が、遅れて届いた。


 次に見た光景は、**粉々に砕けた“時の砂時計”**と、

 その前で、大剣を構えたままの――フランだった。


 


「……え?」


 喉から漏れた声が、あまりに情けない。


「ご主人様、ごめんなさい」


 フランは、申し訳なさそうに微笑んだ。


「でも、これは“逃げる道具”ですよね?」

「そんなものに、ご主人様が頼ってほしくないんです」


「いや……おまえ、今、何を――」


「私が、ずっと守りますから。一秒だって、過去に戻らせません」


 


 崩れ落ちた砂時計の破片が、時の流れからこぼれ落ちた音を立てていた。


 俺の、唯一の逃げ道。

 唯一の保険。

 唯一、誰にも知られずにいられた選択肢。


 全部、全部、砕けた。


 仲間たちは、何も知らない顔で笑っていた。

 セラは「勇者様が逃げ道を持ってたなんて♡」と、悪い笑みを浮かべている。

 メルヴィナは、すでに触手を準備していた。


 俺の逃亡計画は――ここで、潰えた。

 だけど世界は、何も知らずに動き続ける。


 魔王軍は、こちらの居場所を掴みつつある。

 幹部たちも、次々に動き始めている。


 そして俺は。

 今日も――“逃げることなく”、一歩を踏み出す。


(……いや、逃げたかったんだけどなぁ……)


 誰にも届かない本音が、心の奥で、風に消えた。


──完。

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俺は勇者だけど、狂った美人パーティーから逃げたい。…けど、彼女たちは俺を逃がしてくれない 最近、無能ナナに、ハマっているもそ @moso25252525

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