02-08


  *


 長船の死は自殺と断定された。


 ──そんな馬鹿な、と空覇は吐き捨てる。何処の世界に自ら腹一杯泥を喰って死のうとする人間がいるというのだろう。直接の死因は窒息のようだが、いずれにせよ容易に納得しかねる診断結果だ。


 学園側からは、長船の遺体の様子や死因などを生徒に喋らないよう、職員に対し箝口令が敷かれた。しかし噂というのは何処からともなく漏れるもので、そのおぞましい死に様は生徒の間へと直ぐに広まっていった。


「……聞いたか?」


「うん、一応。手も爪の中まで泥だらけで、自分で土を食べたってほぼ確定なんだよね?」


「もうそんな細けェ部分まで広まってんのか。……ま、しゃーねえわな」


 昼休みの時間、空覇と乙紅莉栖(キノト・クリス)は並んで教室棟東端のベンチに座っていた。朝まで続いた雨は上がり、もう土も随分と乾いている。空覇が溜息と共に紫煙を吐くと、煙が自分の方へと来ないようクリスが無言のまま手で仰ぐ。


「警察もおざなりに調べて話聞いて、それで終わりだ。職員らの雰囲気からするとちったぁショッキングな死に様だったようだが、それでも自殺そのものはいつもの事なんだろ。生徒へもちょっと授業の前に話しただけで終わり、もうすっかり日常だ」


「そうだね。みんなも、一年は少し同様してるけど、二年や三年は死んだ事そのものはどうとも思ってない。噂のタネにしてるだけ」


 クリスが無表情のまま呟いた。いつもは同室の先輩である羽々木志恵(ハバキ・シエ)と行動を共にする事が多いクリスだが、今日は一人でこのベンチへとやって来た。どうやら志恵は次の授業が体育らしく、昼を食べた後は別行動となったとの事だった。


「……長船が死んでいた場所から酷い死穢の匂いがした。呪詛も身体に染み付いていた。結果的には自殺なんだろうが、恐らく何者か、いや何かの意図が関与している筈だ」


 切れ長の瞳を更に鋭くさせ、空覇が明後日の方向に煙を吐く。その視線の先には、長船が死んでいた場所があった。そこはもう既に土も綺麗にならされており、痕跡などはとっくに消されている。


「地下に、なんかあるのかな」


 ぼそりと吐かれたクリスの言葉に、空覇が片眉を上げて眼を向ける。


「地下? 地下がどうした」


「だって埋まってたんでしょその人、頭から。……もしかしたら土を食べるのが目的じゃなくて、土に潜ろうとしてたのかも」


「それは──しかし、」


「言ってたよね、志恵センパイ助けた時も、『地下の沼に引き摺り込まれようとしてた』って」


 空覇の戸惑いの言葉を制してクリスが尚も言い募る。吊り気味の真鍮色の瞳が、より険しさを増している。


「ね、空覇……じゃなかった、眞柴先生。『やくさいさま』って噂があるの、知ってる? 女子寮で聞いたんだ、『願いを叶えてくれる代わりに贄を要求する存在』の話。男子寮にはあるかどうか知らないけど」


「『やくさいさま』……いや、聞いた事無ェな、俺がまだ知らねェだけかもしれないが。厄災様とはまた物騒な名だが、それがどうかしたのか」


 煙草を灰皿で潰す空覇の指先を見詰め、クリスが紫煙の残滓をふっと吹き飛ばす。


「地下にいるんだって。ボイラー室の傍にある倉庫の奥、そこから会いに行けるって。誰でも会える訳じゃなくて、招かれた者しかダメらしいけど」


「地下、か。……確かに少し妙な気配が漏れてたな。色々忙しくて後回しにしてたが、探ってみる必要はありそうだ」


 空覇が新しい煙草に火を点け紫煙を吐くと、クリスも小さく頷いた。


「自分も調べてみる。それと寮以外にも地下ってある?」


「体育館の地下に温水プールがあるな。職員寮の風呂は地下じゃなかった筈だから、後は教室棟と職員棟、それから作業棟に地下があるかだが……」


「プールは放課後なら誰でも使っていいって言ってたから、自分が行ってみる。教室棟も探検してみても問題無さそうかな」


「じゃあ頼まァな。こっちは職員棟と作業棟を調査してみる。……でも無茶はすんなよ? 単独での深入りは禁物だ」


「分かってる。注意する」


 空覇がポンポンとクリスの頭を撫でると、くすぐったそうに首を竦めてクリスはそっぽを向いた。遠く近く喧噪はさざ波めいて、すっかり雨の上がった空は青く平和そのものに見える。


 しばらく二人揃って無言で空を眺めていると、キーンコーン、と予鈴が鳴り響いた。クリスはよいしょ、と勢いを付けてベンチから立ち上がる。空覇も吸っていた煙草を潰し、大きく伸びをした。


「じゃ、行くね」


「ああ、またな」


 二人は短い挨拶を交わす。駆けてゆくクリスの背中を見送ると、空覇もまた立ち上がった。ベンチに置いておいた授業用の荷物を手に取ると、心に教師の仮面を被り直す。


 ポケットの中でカサ、と午前中に生徒から剥がした二枚の呪符が、微かに音を立てた。


  *


「せーんぱーい、だいじょぶですぅー?」


 放課後、授業を終え女子寮に戻って来た黒塚紅羽(クロヅカ・クレハ)は、自室の先輩である桜谷聡美(サクラタニ・サトミ)にのんびりと声を掛けた。桜谷は二段ベッドの上段で布団にすっぽりと包まっている。


「……大丈夫じゃない。私、もう駄目、もう嫌、生きてけない」


 布団の中からくぐもった声が聞こえる。そのいかにも辛そうな声に、黒塚は大袈裟に溜息を吐いた。


「はぁーっ……。ショックなのは分かりますけどねー、だからっていつまでもそうやって引き籠もってる訳にもいかないでしょー」


「何言ってるのよ紅羽、好きだった人が死んじゃったのよ! こんな悲しい事って他にある!? 私、悲しみに押し潰されそうなのよ、御飯も喉を通んないわ! きっと私、このまま花が枯れるみたいに、痩せ細って死んでしまうんだわ……」


 悲劇に酔っている桜谷の演技掛かった台詞に、黒塚は再度溜息をついた。別に悲しみに浸っている事そのものはどうでもいいが、こうやって引き籠もられているのは大問題だ。


 桜谷の取り巻きが度々部屋に押し掛けて来るし、寮母や寮監がしょっちゅう様子を見に来るし、気遣って飲み物や食べ物を差し入れなければならないし、何よりこれ見よがしにめそめそしくしくと泣くのだから鬱陶しい事この上無い。


 黒塚はよいしょと備え付けの梯子を昇ると、丸くほこほことした布団玉を軽くぽんぽんと叩き、そして桜谷の頭があると思しき場所に唇を近付けた。


「泣いてばっかじゃどうにもならないでしょー。いっそ、死んだつもりになって、思い切った事、やってみたらどうですー?」


「思い切った、事……って何よ……?」


 挑発的とも取れる黒塚の言葉に、もぞり、と布団玉が動いた。まだ出て来る気配は無いが、もぞもぞ、と身体を起こしているらしき様子が窺える。もう一押し、と黒塚は昨日聞いたばかりの噂を口にした。


「『やくさいさま』って知ってますよねー? 贄を捧げたら、何でも願いを叶えてくれるんでしたっけー」


「それが、……どうしたってのよ」


「『好きな人を生き返らせて』ってお願いしてみたらどうですかー? だって何でも願い、叶えてくれるんですよねぇー?」


 途端、ばっ、と勢い良く布団を剥いだ桜谷が顔を出す。その表情は驚愕に満ち、その瞳は不安と期待にうろうろと動き続けている。


 そしてそんな桜谷の様子をじっと見詰める黒塚は、場違いな程に満面の笑みを湛えているのだった。


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