02-07
*
医療スタッフから緊急の連絡が入ったのは、朝四時半を少し回った頃だった。
「長船って、あの昨日飛び降りた生徒か? 行方不明って、何でまた……医務室で寝てた筈じゃなかったのか」
男子寮の寮母である伏見(フシミ)から報せを受け、眞柴空覇(マシバ・カラハ)はレインコートを羽織ると、男子寮にいた他の職員らと共に急ぎ職員棟へと向かった。
昨夜程酷くは無いものの、まだ雨はしとしとと降り続いている。途中、男性職員寮から出て来る面々と挨拶を交わしながら、空覇は職員棟の玄関ホールへと辿り着く。そこには教員をはじめ、大勢の職員達が集まっていた。
──昨日の放課後に教室棟から飛び降りようとした二年二組の生徒、長船(オサフネ)が姿を消したのは、本日未明の事だという。
自殺未遂の際に気を失った長船はその日の宵に意識を取り戻したが、大事を取ってそのまま一晩、医務室に泊まる事となった。医師やカウンセラーの話によると、長船は少し落ち込んではいるものの取り乱した様子も無く、夕食も半分程は口にしたようだ。
午前一時頃に看護師が確認した際、長船は割り当てられた個室のベッドで静かに眠っていたという。ところが次に看護師が様子を見に行った四時過ぎには、長船の姿が消えていたのだ。トイレや他の個室など、医務室周辺を医療スタッフ達がくまなく調べたが、長船が発見される事は無かった。
「取り敢えず三、四人ずつに分かれて探しましょう。職員棟は各階のトイレ、空き部屋なども全て確認して下さい。他の施設は鍵が掛かっているので恐らく大丈夫だとは思いますが、手の空いている班があれば念の為に確認して頂ければと思います。とにかくまず職員棟とそれから外ですね、宜しくお願いします」
教頭の音頭で皆が一斉に動き出す。空覇は近くに居合わせた火ノ宮(ヒノミヤ)や男性体育教師である毛利(モウリ)と共に屋外を捜索する事にした。まだ夜の明けきらない暗闇の中、懐中電灯の明かりに雨粒が光る。靄の如き濃い湿気が肌にねっとりと絡み付く。
ふと何かを感じ取り、空覇は鼻をクン、と鳴らした。──死穢の匂いだ。瘴気めいた闇を睨み付け、空覇は低く固い声で火ノ宮達に告げる。
「……職員棟に近い辺りは他の面子に任せても大丈夫だろう。中庭やグラウンドは別の班が向かったようだし、俺らはあっち、教室棟の裏の方から探してみないか」
「それもそうね。じゃあ、渡り廊下を抜けて、体育館の向こうあたりから柵に沿って調べてみましょうか」
毛利もそうしましょうと頷き、空覇達は足早に教室棟の方へと向かった。ますます濃くなる瘴気に、更に空覇の眼が鋭さを増す。教室棟の手前で渡り廊下を外れ、灰皿の設置されたベンチを回り込み、そして──。
教室棟の裏側、雨に濡れる木の根元。剥き出しの土の上に、ぼうっとした何かがうずくまっていた。
「何か、いや、あれは──」
最初、それは白く丸く、中身の詰まった袋か何かのように見えた。雨に煙るそれに近付くにつれ、それが何なのかを三人はようやく理解した。
それは人間だった。白い服を着た小柄な人間が、背を丸め手足を縮こまらせて這いつくばっている姿だった。確か長船は失踪時、医務室の備品である白い病人着を着ていた筈では無かったか。ならばあれは──。
「──おい、長船ッ、長船なんだろッ!?」
空覇が弾かれたように駆け出し、呼び掛けながら走り寄る。火ノ宮と毛利もそれに続く。手に持っていた懐中電灯を放り出し、うずくまっていた人物を助け起こそうとした、その時──空覇は息を飲んだ。
長船と思しき人物の頭部が、すっぽりと、掘られた土の中に埋まっていたのだ。
「っ、な、何だ、これは……!?」
遅れてそれを理解した毛利が、動揺し震える声でうろたえる。火ノ宮も声にならない悲鳴を上げて立ち竦んだ。空覇は冷静に状況を把握すると、汚れるのも構わず両膝を突いてしゃがみ込んだ。
「とにかく、一刻も早く掘り出さねェと。毛利先生、手伝ってくれ」
「あ、ああ、はい!」
「火ノ宮先生、あんたは誰かに知らせてきてくれ、早く!」
「え、あ、わ、わかったわ」
唖然とする二人に鋭く指示を飛ばし、空覇は躊躇無く土の中に手を突っ込んだ。土は想像以上に軟らかく、泥と言った方が正しいぬかるみ具合だ。毛利も慌てて土を掘り返し始め、そして遠くで火ノ宮の切羽詰まった声が響いた。
二人はひたすらに泥を掻き出す。そうこうしている内に、報せを受けたらしく医務室の面々や教員などが集まって来た。だいぶ穴も広がりそろそろ大丈夫だろう、と空覇が長船らしき人物の後頭部を掴み、ようやく埋まっていた頭部を地中から引き抜く。
ぐぼり、と不快な音と共にその頭の全てが露わになる。空覇が髪や顔に付いた泥を拭ってやるとボタボタと泥が落ち、ぐしゃぐしゃに汚れていた顔面がやっと現れた。
その顔を見た途端、集まっていた皆が息を飲んだ。
──長船は、口一杯に土を詰め込んでいた。頬はパンパンに膨らみ、大きく開いた口からは粘い土が塊のまま零れ落ちる。
「土を……喰った、ってのか……?」
穴からも、口の中からも死穢の匂いが止め処ない。死んでいるのは明らかだろう。大きく見開かれた眼には泥がこびり付き、剥かれた白目は濁りきっていた。その場の誰もがその表情に戦慄する。
空覇はそのまま長船を抱き起こすと、温度の無い身体を仰向けにして地面に横たえた。その腹は、はち切れんばかりに膨れていた。
やがて医療スタッフ達が長船を担架に載せて運んでゆく。集まった皆はその様子を無言で凝視していた。ぽっかりと地面に開いた穴に雨が溜まり、ぴちぴちと飛沫が弾ける。医療スタッフのぬかるんだ足音と静かな雨音だけが、その場を支配していた。
毛利も空覇も、地面に座り込んだまま呆然と、降りしきる雨に打たれ続けていた。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます