第9話 土と優しさに触れた夜



───二人が牧場に戻ってくると、そこには木陰にハンモックを吊って、気持ちよさそうにお昼寝…という名の完全オフモードを決め込んでいるセレノアの姿があった。


「セレノア!ただいま~!」


「……って、えっ!? 本当に全部終わらせたの!?」


驚き混じりのルゥの声に、セレノアがゆっくりと身体を起こす。


「あれ~? おかえり~。……意外と早かったんだねぇ」


「ふふっ、寝ぼけてるの?もう夕方近いよ?」


「あ~、じゃあお腹がすくころだ~」


ぐぅぅ……とタイミングよく響くお腹の音に、セレノアが少し気まずそうに笑った。


「なーんか……どこかの誰かさんにそっくりねぇ~?」


と、ニヤリとしながらユイノを見るルゥ。


「な、何のことかな~?」


昨日の“お腹の大合唱”を思い出し、ユイノは誤魔化すように笑ってみせる。


「そうそう、ルゥに頼まれてた作業、ちゃんと全部終わったよ!一時間もしなかったから、そのあとは木をちょっと切ってたんだ~」


セレノアが手で示した先には、軽く冬支度が出来そうなレベルの木材の山。


「こ、これ……あんた一人で!?」


「うんうん!これくらいなら余裕だよ~」


「セレノア、すごいっ!! 本当にありがとう~!!」


「ははっ……その顔が見られただけでも、がんばった甲斐があったな」


照れくさそうに頭をかきながら、セレノアが優しく笑った。


「でも、ご飯の前にトヴァさんに貰ったこれを植えないとね!」


ユイノの手には、"ポケット堂"でもらった種。


「お~?畑仕事?僕やろうか!?」


「ううん、これは私が植えてみる!まだ牧場主らしい仕事してなかったからさ!」


「そっか!わかったよ!」


「たしかに…セレノアに掃除任せちゃったしねえ~?」


意気込むユイノにルゥのいつもの余計な一言。


「なっ…!あー…そっか~…ルゥは自分で夕飯作って食べるのかな?」


「あ、ちょ、ちょっと!そんなこと言ってないでしょ~!!」


「ふふっ、じゃあ畑いくぞ~!!」


誰かの“うれしい”が、誰かの“よかった”につながっていく。

──そんな感情を、ユイノはこの十年、きっと忘れていた。


こんなふうに誰かと笑い合いながら暮らせたなら、牧場での日々は、思っていたよりずっと、あたたかく、素敵なものになるのかもしれない。


ユイノはそんな事を思い、道具を持って畑へと向かった。




「わ~……これまた…雑草がすごい…こんなところまでゲームに似なくていいのに~!!」


おびただしいほどの雑草が辺り一面に広がっている。

小石もところどころ落ちていて、ユイノはげんなりした。


「とりあえず、今日植える分だけきれいにするか~!」


牧場に広がっていたのは、まるで雑草界のパレード。

どこを見ても草、草、草。ついでに小石。木まで落ちている。


腰にくる作業にため息をつきつつ、カマで草を刈り、クワで土を耕し、種を植える。

──それはまるで、筋トレ要素入りの“農業ゲーム”


(前職:OL 特技:座ること 趣味:PC仕事 ……これは初期難易度高すぎでは!?)


そんなことを思いながらため息をつくユイノ。

だが、土に触れて汚れる事自体は、そんなに嫌ではなかった。



「ユイノ! 大丈夫かい?」



顔を上げると、セレノアが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。


「あっ、ごめんね! お腹すいてるのに…先にご飯にしよっか!」


ユイノは額の汗をぬぐいながら、へらっと笑ってみせる。


「いいよ。僕も手伝うから、一緒に終わらせよう」


「でも……これは私がやらなきゃって、思ってて……」


「大丈夫。魔法は使わないよ。ほら、一人でやるより、二人でやった方が早いだろう?」


─── 一人でやるより、二人で。


それは、当たり前すぎて誰もわざわざ言葉にしないようなこと。

けれど、ユイノにとっては心の奥底でずっと…ずっと欲しかった言葉だった。


ほんの数日前まで、すべてを一人で抱え込んで、誰にも頼らずにこなしてきた毎日。

気づかないフリをして溜めてしまった寂しさと重さが、セレノアのひと言であたたかい涙へと変わり、ぽろりと頬を伝って落ちた。



「えっ、ユイノ!?」


「あ…あれ〜? えへへ……どうしたんだろ、私……」


「ご、ごめん! 僕、ユイノの気持ちを無下にしたつもりはなくて……!」


「ううん、私の方こそごめん……こんなつもりじゃなかったのに……」


涙をこぼしながら、どこか照れくさそうに笑うユイノ。

その姿に、セレノアの喉がキュッとつまる。


「……僕はまだ、ユイノのことをあまり知らないけど――」


ぽつり、ぽつりと、言葉を選ぶようにセレノアが続ける。


「でも、ユイノにはルゥもいるし……僕もいる。

だから、また困ったときは、昨日や今朝みたいに頼ってくれていいから。」


そう言って、セレノアはユイノの頭をぽんぽんっと、優しく撫でた。


───もう、一人じゃない。

そう思えた瞬間、ユイノの胸の奥に、あたたかな光がそっと灯る。

ルゥも、セレノアもいる。

いつしか忘れていた"人のぬくもり"

それは、両親と過ごした幼い日の記憶と同じ、やさしさの温度だった。



「はぁ~…私の出る幕はないみたいね~?ざ~んねんっ!」



そう呟いたのは、物陰から二人を見守っていたルゥだった。

言葉とは裏腹に、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

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