ショートストーリー集
スリッパ
1.灯りの消えた教室で
放課後の旧校舎は、まるで時間の止まった世界だった。壁の時計は止まり、蛍光灯はちらちらと瞬いている。
葵は手に小さな手紙を握りしめていた。震える指で綴ったたった一行。
「放課後、旧校舎の階段で待っています。話したいことがあります」
それを真の机にこっそり置いたのは昼休み。放課後、彼が本当に来るかどうかもわからなかった。でも、どうしても想いを伝えたかった。
背中を押してくれたのは親友の理央だった。
「大丈夫だよ、絶対にうまくいく。あんた、ずっと真くんのこと見てたじゃん」
笑ってくれた理央の顔が頭から離れない。優しくて、頼りになる親友だ。いつも味方でいてくれた。
葵は一段ずつ階段を上る。伝説がある。「この場所で想いを伝えると、永遠に結ばれる」なんて、まるで子供だましだ。でも、願ってしまった。
踊り場に差し掛かった時、上の方から誰かの声が聞こえた。
「……マジで、来ると思った?」
「うん。あの子、真っ直ぐすぎてバカだもん」
その声に、足が止まる。壁の陰に隠れて、息を殺す。
そこにいたのは、真と理央だった。
「ほんと、理央って演技上手いよな」
「褒めてる? ありがと。でも、退屈だったのよね、あの子の片想いごっこ」
笑い声が廊下に響いた。血の気が引いていく。
足元がふらつき、手すりにしがみつく。呼吸が荒くなる。心臓の音だけがやけにうるさい。
「つか、そろそろ来る時間だろ。理央がいることバレても面倒くさいし隠れてろよ」
「見つかっても陰から応援しようとしてたとかなんとか言ったらごまかせるわよ」
ずっと好きだった人が、信じていた親友が、私をバカにして笑い合う声が頭の中でこだまする。
足音を立てず、階段を下りる。音を立てたら、壊れてしまう。自分も、何かも。
そのまま旧校舎を彷徨っていると、気がつけば日は沈み、空は夜の帳に包まれていた。
旧校舎の窓から外を見下ろすと、校庭に理央と真の姿があった。手を繋いで、楽しそうに笑っていた。
言葉も出ない。叫ぶ代わりに、静かに涙が落ちた。
そのとき、ひとつの蛍光灯が「パチッ」と音を立てて消えた。
まるで、何かが始まる合図のように。
次の日の朝、旧校舎の前は騒然としていた。
警察、教師、生徒たちのざわめき。
「……理央と真くんが、旧校舎の階段で倒れていたらしいよ」
「意識はあるけど、様子がおかしいって……ずっと何かに怯えてるみたい」
葵は誰にも気づかれない場所から、それを眺めていた。
制服の袖が少しだけ濡れている。誰の涙かは、もう分からない。
翌週、葵は旧校舎の踊り場に一人で立っていた。
そこには、三足の上履きが並んでいた。彼女のもの、真のもの、理央のもの。
壁に小さな紙が貼られていた。
「ここで告白すると、永遠に結ばれる。でも、誰かの想いを踏みにじったなら——もう戻れない」
葵は、ただ静かに笑った。
「永遠なんて、信じてなかったのにね。」
灯りが、ひとつまたひとつと消えていく。
誰もいないはずの教室から、誰かの笑い声がかすかに響いた。
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