第2話 おばさんに愚痴をきいてもらったらえらいことになった
第2回 おばさんに愚痴をきいてもらったらえらいことになった
『おめえら、なめたらいかんぜよ』
和服の喪服(もふく)すがたで片肌ぬいで180センチ90キロの筋骨隆々で日本髪を結った黒髪女子が啖呵(たんか)をきっていた。おおきな姿見をみている。
龍の口家は、鬼頭家の住むマンションから800mほどのところにある屋敷で、現在は双子の姉と弟だけが住んでいる。和風のはずだが、なぜか裏手にはトレーニングのマシン一式があり、かなり高価なものらしい。
ぎんとメンチを切っていたが、自分の気が付くとやさしく涼しい目になった。おばの龍の口華子(はなこ)は35歳、独身の会社経営者であるが、生まれたときから自分を猫かわいがりしている。コスプレは趣味だが、映画「鬼龍院花子の生涯」を観て、夏目雅子ふんする松恵のクライマックスシーンをやっているらしい。
いや、体格的にも美貌格差的にもかなり無理があるようには思えるが、思い込みのはげしい性格なのは姉妹共通なので、つっこむのはやめにする。
あら、ジローちゃん、いらっしゃい、涙目になってどうしたの?
きょうもかわいいわねえ。涙と鼻水たらしてみっともないこともいいところよ。また、」すみれ姉さんに泣かされたの。
大人はほんとのことを言ってやりこめちゃいけないのに、自分の家族だからいいとおもったのね。まあ一種の甘えだわね。
で、10代で弁護士になる、と言ってしまったわけ。
テレビドラマとかで女子高生弁護士がでてくるのがあったから、それの影響かな?
ああ、新井輝先生のあのライトノベルの没収もくらったの。あれは中学生がよむのはいけないかもねえ。
でも、綸言(りんげん)汗のごとし いったん言った言葉は取り消せないから、10代で弁護士になってもらおうかしら。
えええええ
さて、どれくらい大変か、太郎にいさんに聴いてみるね。
と太郎にいさんに電話をかけた。華子おばさんからすれば弟だが、自分からみればおにいさんなのでおにいさん呼びになっている。
太郎に聴いたけど、10代で弁護士になるということ自体はどうかと思う。法律家は法律という危険物を扱う職業でひとの一生に関わる点で医師・宗教家とならんで英米ではプロフェッショナルに分類されている。ひとの弱みにつけこんであくどい商売をしないように倫理がさだめられている。
で、人間の弱さとかもろさとか欲望とかを十分にわかってから、ひとの相談にのるようになってほしい。童貞で冠婚葬祭全部未経験で(自分の葬式は経験できんけど)、どうしようもない欲望があったりする段階では弁護士はどうかなあ。新井輝先生の小説でも、エリートコース一直線のひとが自分はひとの相談にむいていないといっている。アルバイト経験があって、こまった恋人がいるから大学生にしては人生経験があるにしてもそうだ。
小学校中学校高校大学と青春を楽しみ、文化祭・体育祭・部活動にいそしみ、すこしずつ大きな金を扱うことを覚え、組織運営をマスターし、家庭についても冠婚葬祭のあらましがわかる段階でひとの相談をきくのがのぞましい。
弁護士は分野にもよるが、税法の一部とか知的財産の一分野のようにカミソリのような頭があったほうがいいものもあるが、通常のクライアントは十分な経験のある俗物弁護士をのぞむもんだ。若い人に余分に金を払うスポーツや囲碁将棋の世界とは異なる。
青春を犠牲にして6000時間(予備試験合格)と2000時間(その後の司法試験合格)の時間をかける必要はない。
もっと青春を楽しんだ方がいい。
これが太郎おじさんの意見ね。
未成年のいったことだから取り消してもいいわよ
ちゃんと青春をやるうえで中2から8000時間勉強して10代で弁護士になってもらおうかしら。
え、取り消してもいいの?
そのかわり、ちゃんとお母さんにわびをいれなさい。菓子折り買ってきて、ごめんなさいしなさいよ。
ぐぐぐ、それはいやだ。
今思えば、ここでやめておけばよかった。
それもいやです。
じゃ、やるしかないわね。
鬼頭家の伝統からすると、そんなにじゃまになる仕事じゃなさそうだし。
で、目指すとしてお金はどうしようか。
大学卒業後で700万円程度法科大学院にかかるみたいね。
予備校をつかうにしても予備試験用に通いか通信課でも違うけどけっこうお金がかかるみたい。
合格体験記あるいは不合格体験記を必ずかくか、あるいはライターにみせる、というっことで出版社の原稿料というかたちで出版してうちとしては経費で落とそうかしら。
8000時間の重みとかプライバシーを切り売りがいかにつらいことを自分は理解できていなかった。
でも、鬼頭家の伝統ってなんだ?
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