11.ファーストバトル③
最後のクランメンバーが抜けた時、私の『ライブラリ・スクエア』は終わった。
縋り付く先が、本当に無くなってしまった。だからすぐに辞めるつもりだった。
引退や卒業だなんて小奇麗なものじゃない、ただの敗走だ。
何もかもが上手くいかなくて、続ける理由を見失って、逃げ出そうとしたんだ。
だけど、最後にレイさんに挨拶しに行ったとき――――
『なあ、やめんなよ』
辞める旨を端的に伝え、踵を返した私の背中にそんな言葉が投げられた。
『デッキ握る気になれないならそれでもいいからさ。たまにログインして顔見せてくれたらいい……ううん、私が見に行くよ』
心底悲しそうな顔をして、この世界で最強の女はそう言った。
いつも自信に満ち溢れた朗らかな表情は見る影も無く……あれはなんだろう、罪悪感だろうか。
とにかく、とても辛そうに、私の目には映った。
『これはいちプレイヤーとしての意見だけど、君ほどのプレイヤーがこのゲームを去るのは勿体ない。……それに……私は君のことを気に入ってる。だからこれっきりは寂しいよ。こっちは私個人の意見だけどね』
意味が分からなかった。
この人は、私の犯した所業を知っている。
なのにどうして止めるのだろう。私にこのゲームを続ける資格なんてないのに。
私は、レイさんにそのまま伝えた。だが、彼女は問いに答えることなくこう言った。
『無理強いは出来ないけど……まだ諦めないでほしい。いつか絶対きみのことをわかってくれる仲間ができる。だから……』
そんなわけない。
私は昔から言葉も笑顔も下手だし、気持ちを伝えるのが本当に苦手だった。
友達もいない。親だって、だんだん私と話さなくなった。
当然だ。私みたいなやつと誰が仲良くしたいと思うのだろう。
先代リーダーは……ステラさんは、特別だった。
『ライブラリ・スクエア』を始めたばかりで右も左もわからない私に手を差し伸べてくれた。
あの人だけが私を優しく受け入れてくれた。
あの人の近くにいたおかげで、私も少しずつ変われたはずだったのに。
だけど、私はあの人のことを欠片も理解できていなかった。
あの人から告げられた別れは突然で、私は何も知らされること無くその時を迎えた。
――――リンちゃん、あのね。私ね……もうこのゲームには……
あの時のことを何度も夢に見る。
そのたび、どうしてもっと早く言ってくれなかったんだと叫ぼうとして、毎回のようにそこで気づく。
ただ単に、私が信頼を得られていなかっただけなのだと。
そんなこともわかっていなかったのだと。
全ては後の祭りだ。あの人には、もう会えない。
後悔は、いつだって手遅れになってからやってくる。
もっと話していれば。
もっと考えていれば。
何か変わっていたのだろうかと、今でも考える。
……きっと変わらないだろう。
あの人の一番近くにいて何も気づけなかった私には、どう足掻いたってあの人を理解する事なんて出来ないのだから。
結局、私はレイさんの言う通りこの世界にしがみついている。
まだ期待しているのだろうか。
そうやって私は今も、自己嫌悪ばかり繰り返している。
* * *
「《白日の視線》!」
ルーシャがスキルを発動する。空に浮かぶ太陽に目のような紋様が開く。
天候が晴れの時にのみ使える、相手の手札を一定時間
やはりルーシャは自分から攻めるよりも対応する戦略を取っているらしい。
だがその発動には少しだが硬直が発生する。
「迂闊だね、私の前で隙を晒すなんて!」
リンドウはその一瞬を見逃さない。
発動時のエフェクトを確認した瞬間にはもう駆け出し、ルーシャへの距離を詰めている。
すでに剣の間合い。ホーミング機能がなくとも即座にスキルが届く。
ルーシャの手札には二枚のガードスキルがあるものの、おいそれとこのスキルを切れない理由があった。
(リンドウさんの手札には《赤狼の牙》と《紺青の渦》……!)
現在、リンドウには『虹炎』が付与されている。
そこから放たれる強化版の《赤狼の牙》を受ければ大ダメージは必至。こちらはガードしなければならない。
だが、無闇にガードスキルを発動すればブレイク性能持ちの《紺青の渦》が突き刺さる。
反面こちらは発生が遅めでホーミングもしないので、後ろに跳べば回避できるだろうが、リンドウが《赤狼の牙》を発動していた場合、ホーミングで追いかけられてしまい回避はできない。
その上発動時にどちらか判別して的確な選択をするのは、人間の反応速度では不可能。
問答無用、かつルーシャに手札を覗かれていることを逆手に取った二択。
「さあ運ゲーの時間だ! 目つぶってどちらか選べ!」
リンドウがスキルを発動する。
剣が発光するものの、この時点ではどちらのスキルを選んだか判別がつかない。
今、この瞬間選択しなければ直撃する。
だがルーシャは、
「どっちも選ばないよ!」
ルーシャの前に小型のバリアが展開される。
ガードスキルは原則発動時には動くことが出来ない。
だからこそ、発生が遅くホーミング出来ないブレイクスキルが命中する。そう作られている。
しかしどんなものにも例外はある。
ルーシャが発動したのは《ライトガード》。
ダメージ軽減率は低くガード範囲も狭いが、数多のガードスキルの中で唯一『ガードしながら移動できる』性能を持つ。
ルーシャはバリアを張りつつバックステップ。
眼前でルーシャを飲みこもうと唸りを上げる《紺青の渦》が空を切る。
考えうる中で、おそらく最善の対処。提示された二択に両対応できる行動選択。
リンドウは驚愕に目を剥いた。
(土壇場でこの選択ができるの……っ!? 初心者とは思えない!)
事前にこのパターンを考慮していたのか。
それともこの一瞬で考案したのか――定かではないが、恐ろしい素質だ。
(これからこの子を育てていけば、きっと誰も想像できないくらい強くなる。まだまだ未熟なところはたくさんあるけど、それは伸びしろだ。知らないことは覚えていけばいい、私がこの子を――――)
そこまで考えてリンドウは愕然とした。
自分は何を考えている?
今日、このゲームを辞めるはずだっただろう。
相反する想いに揺れるリンドウは、スキルを空振りしたことによる硬直で動けない。
その視線の先、ルーシャはスペルスキル《アタックマイニング》を発動している。
デッキの上から五枚を確認し、その中からアタックスキルを二枚まで手札に加える効果。
攻め手を引かれた。
「《ミストルティン・ランス》!」
高速で接近したルーシャの杖が巨大な槍へと変わる。
槍は螺旋状に回転し、リンドウの胴体を貫いた。
植物系スキルのほとんどには与えたダメージに応じて使用者のHPを回復する効果がある。
そして《ミストルティン・ランス》はこれまで回復した量に応じて威力を上昇させるアタックスキルだ。
これまで攻めに回り続けていたことで高止まりしていたリンドウのHPが、ここで半分以下にまで削られる。
〈ドローフェイズ〉
鳴り響く音声と共にリンドウは立ち上がる。
これからどう攻めるべきか。
【虹彩】デッキの切り札である《アルコ・イリス》の発動条件は揃っているが、今発動してもガードスキルで凌がれる可能性が高い。
ルーシャのデッキは長期戦を目論んだデッキ構築になっている。であればガードスキルが占める割合は高めになっていると考えるのが妥当だ。
そんな思考の海は、唐突に投げかけられたルーシャの言葉で遮られる。
「リンドウさん、笑ってるよ」
「……え?」
思わず口元に手を当てる。
自分ではわからない。
笑っていた? 私が?
どうして。
「楽しいんでしょ。あたしとの試合」
「……やめて。私、そんなこと思ってない」
そうだ。自分はとっくに、この『ライブラリ・スクエア』への関心を失っていたはず。
だが、であればこの鼓動の高鳴りはなんなのだろう。
そもそも――このゲームにしがみついていたのはただの未練だったのだろうか。
もしかしたら、心の奥底に残っているものがあったのではないか。
(そうだ、私……)
リンドウはボルゴのことも、現環境で活躍していた【ダストロック】デッキの構築も把握していた。だからボルゴに容易く勝つことが出来た。
それは長く実戦から離れても、新たなスキルが実装されるたびにチェックしていたからだ。
対戦環境の変遷も、常に追っていたからだ。
環境に合わせてデッキを組み換えることも怠らなかったからだ。
自分はどうしてそんなことをしていたのだろう?
脳裏に浮かんだ疑問が迷いを生む。
リンドウは澱む思考を無理やり頭から追い出し、剣を握る手に力を込めた。
今はただ、この試合に勝つことだけを考える。
「…………行くぞ」
手札に抱えたスキルのうちの一枚――《赤狼の牙》を発動すると、リンドウの右手に握る剣が深紅の光に包まれる。
システムアシストを受けた足が一気に距離を詰め、赤い斬撃がルーシャに襲い掛かった。
「《ファジーガード》!」
ドーム状のバリアが剣を受け止める。
ガードされたことでリンドウに硬直が発生するものの――ルーシャは動かない。今、反撃に使えるアタックスキルが無い。
(いや……あるけど、今はまだ使えない……!)
リンドウの硬直が終了し、瞳に虹炎が灯る。
次に発動するのは強化版虹彩スキル。
だが、ルーシャの手札にもうガードスキルは残っていない。
「《暗黒の刃》!」
ルーシャの背後、影から黒い剣が飛び出し、その華奢な身体を切り裂く。
これでHPはもはや風前の灯火。だが、ルーシャはまだスキルを切らない。
《虹の空域》。虹炎を二つチャージし、虹彩スキルをランダムにサーチするスキル。
手札に加えたのは――三枚目、最後の《赤狼の牙》。虹彩スキル五種のうち、もっとも火力が高く使いやすいメインウェポン。
今のルーシャのHPでは耐えきることは不可能だ。
「これで……全部! 終わりにしてやる!」
リンドウの剣が赤く唸りを上げる。
何もかもを断ち切り、これまでの全てに区切りをつける一撃。
動かないルーシャに、紅蓮の斬撃が直撃した。
凄まじい勢いで減少するHPゲージは一瞬でゼロに――――
「まだだよ!」
金色の閃きと共に減少が止まる。残り1ドット。
スキルは命中した。ガードされたわけでもない。だがルーシャは倒れない。
その状況を前に、リンドウの蓄えられた知識が、一瞬にして答えを導き出す。
――――私が最初から持ってるのは、たしか《
――――うん。相手の攻撃を受けてHPがゼロになる時、一度だけHP1で踏みとどまるって効果だ。
EXスキル、《
どのプレイヤーも例外なく所持している初期装備が効果を発揮していた。
「……!」
目を剥くリンドウの眼前、ルーシャの体内から種が飛び出す。
種はすぐさま割れ、中から飛び出した無数のツタがリンドウの全身を拘束した。
「《ボンテージ・シード》か……!」
《ボンテージ・シード》。他のスキルとは違い、攻撃を受けた瞬間のみ発動できる特殊なスキル。
拘束されたプレイヤーは五秒間の間、一切の行動が封じられる。
「リンドウさんなら知ってるよね! そして……これがあたしの最後の一撃!」
樫の杖が大砲のような形へと変形し、その周囲をピンク色の花びらが取り囲む。
ルーシャのアバターから光が溢れ出し、砲口へと集約されていく。
そのスキルは、このバトル中使用した植物系スキルの数と、回復した回数に威力が比例する。
ルーシャがずっと狙っていたこの一撃。回復効果を多く積み長期戦を狙ったのは全てこのため。
《ボンテージ・シード》を発動したことで、その威力は丁度リンドウのHPを削り切れるほどに上昇した。
「《ギガンティック・ブルーム》!!」
砲口から放たれた極光がリンドウを飲みこむ。
その攻撃は、これまでの全てを乗せたものだ。
朽ちた草木が大地の養分になり、また次の命を芽吹かせるように。
どんな過去も、今の自分の力へ変えられると――ルーシャは伝えたかった。
例え間違いだったとしても、そうでなくとも、その過程で得られたものがあるはずだから。
「これで、どう、だぁ……っ」
疲弊しきった様子でルーシャは息を吐く。
今の自分にできる最高の一撃。
ダメージ計算は完璧だ。絶対にHPを削り切った。
だが――立ち込める白煙の中、ゆらりと立ち上がる影。
「……うそ」
膝をつくルーシャを見下ろすリンドウのアバターに、見覚えのある金色の輝きがちらついていた。
リンドウの残りHPは、ルーシャと同じ1。
「EX枠……スターゲイザーじゃ、ないの……?」
「…………」
《ボンテージ・シード》の効果時間はすでに終了している。
つまり、攻撃が可能だ。
リンドウもまた、EX枠に《
《
だからリンドウはこの試合、デッキを組み換えて臨んだ。
このゲームにおいて圧倒的格上を倒すなら、意識外からのワンショットキルが一番現実的だ。
だからリンドウは『それだけ』を警戒した。植物系デッキなら最も有力なフィニッシャーは長期戦からの《ギガンティック・ブルーム》。逆に言えばそれさえ防いでしまえば負け筋は潰せる。
《
「ルーシャ。あんたは強くなるよ――きっと、私のいないこの場所で」
リンドウの剣が莫大な虹色の炎に包まれる。
《アルコ・イリス》。【虹彩】デッキの切り札。
七色の光が斬撃となり、ルーシャのHPを、今度こそ完全に消し飛ばした。
「…………私と遊んでくれてありがとう。本当に、面白い勝負だった」
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