見えない地図

 夜の部屋に、波の音がかすかに響いていた。

 窓の隙間から吹き込む潮風にカーテンがふわりと揺れる。ナミネは机の前に座り、写真をもう一度見つめていた。


 母の筆跡で記された、あの短い言葉――

 「この海の向こうで、また会える。」


 あまりに唐突で、それでいて優しいその一文が、心の奥深くに何かを残していた。


 「この場所……どこなの……?」


 ナミネはスマートフォンを手に取り、写真をスキャンして画像検索にかけてみた。

 検索ワードをいくつも並べる。


 「海 モニュメント」「大きな球体 噴水」「青い球 広場」「水のモニュメント」

 けれど、どれも違った。


 似ている形の彫刻や海外の観光地の噴水は出てくるが、写真の中のあの広場と同じ場所は見つからない。


 球体の質感――それは石のようでもあり、金属のようにも見える。

 不思議な青い光沢を放ち、水が静かにその表面を流れていた。

 それなのに、誰もこの場所を知らない。検索にも引っかからない。


 「変だよ……これだけ目立つのに、なんで出てこないの……?」


 まるで、世界からその場所だけが抜け落ちてしまったような感覚。


 ナミネはスマホを置いて、写真を両手でそっと挟み込むように持った。

 無意識に、指先が球体の部分に触れる。


 そのとき、またあの言葉が胸によみがえった。


 「この海の向こうで、また会える。」


 まるで、その場所が今もどこかでナミネを待っているようだった。


 ――でも、誰も知らない。どこにも載っていない。

 この場所は、一体何なの?


 答えの見えない問いに、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。

 けれど同時に、ナミネの中に微かな確信も芽生え始めていた。


 この写真は、ただの景色じゃない。

 何かが“失われた”痕跡だ。

 そしてその“何か”を、母は知っていた。自分に伝えようとしていた。

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