第4章 二重の偽り

4-1

「ただし、この推理はあくまでも君の話に基づくものだ」

 愛染は私の目をまっすぐに見つめて言った。

「君が意図的に情報の一部を偽っていたり、隠匿していたりしない、という前提でのことだよ。君はそういうことをしない人間だと信じてはいるがね」

「もちろんだ」

 私がきっぱりとそう言うと、愛染はにっこりと笑ってみせた。それを見た瞬間、なぜか胸が詰まったような感じがして、私は目をそらせた。少し酔ったのかもしれない。

「さて、どこから話せばいいかな?」

 彼女は右手の人差し指で形のよい唇――不本意ながら私はボッティチェリのマリア像を連想した――の輪郭をなぞりながら話し始めた。

「君は二重の密室にご執心のようだから、そのトリックについてから話そうか。君は拝殿に入った5人の者の行動について述べながら、おかしなことに気づかなかったかい?」

「おかしなこと?」私は彼女の顔を見返した。「そりゃあ、あるさ。犯人は拝殿の内陣に入れたはずはないんだ。それなのに――」

「そういうことじゃない」愛染は私の言葉を最後まで聞かずに言った。「おかしな点は三つある。5人も拝殿に行っているのに、誰もが単独で行っていること。東朱美ひがしあけみは自分は2度も拝殿に行っておきながら、ほかの者が行こうとすると強硬に引き留めたこと。最後に拝殿に入った仁科長男にしなおさお以外は死体を見ていないこと――この3点だ」

「それは不思議でもなんでもないだろう?」

 私は憤然として言った。心の隅で彼女が名探偵のような推理をするのを期待していた私は、その凡庸な指摘に正直がっかりしたのだ。愛染ともあろうものが、こんなつまらぬ意見しか言えないとは。

「たまたまそうなっただけだろう? 3番目のことなど、犯行時刻を示すものじゃないか」

「犯行時刻?」

 愛染は眉をひそめて私を見た。

「じゃあ、君は朱美が拝殿から戻ってきてから仁科が拝殿に入るまでの間に犯行が行なわれたと考えているのかい? それは君、ナンセンスだよ。そんなことはありえない」

「な、なぜだい? そう考えるのが普通だろう?」

 思わぬ反論に私は戸惑ってそう言い返したが、彼女は眉間の皺を深くするばかりだった。

「普通? 君の普通とは非常識の代名詞なのかい? いいかね、朱美が戻ってから仁科が入るまでの間、楽屋から拝殿に入った者はいない。また、このルート以外に拝殿に入る方法はなかった。よって、この間に拝殿に入った者はいなく、犯行も行なわれたはずもない。三段論法による論証終わり」

 愛染はそこまで一息で言うと、ブランデーを口に運んだ。

「もっとも、例外的な可能性がないわけではないがね。拝殿が監視状態になる前に内陣のどこかに潜み、犯行後もそこに潜伏していたというものだ。しかし、犯行発覚後は拝殿は衆人環視状態となり、そのまま警察の捜査が始まったのだろうから、犯人に脱出する機会はなかっただろうね。それに、この想定は内陣に人が隠れる場所があるという前提での話だが、そんな場所はなかったんだろう?」

「ああ、なかったよ」私は不承不承に認めた。「じゃあ、なにかい? 君は拝殿に入った5人のうちに犯人がいるというのかね? でも、それは無理だよ。何度も言うが、絞殺をして顔に力石を置き、室内の物を逆さにする時間的余裕があった者はいない。時間のことを無視しても、格子戸のかんぬきのことがある」

「だから、君は推理に向かないと言うのだよ。考え方が論理的でない」

 愛染は居残りさせた生徒に教えるみたいな口調で言った。

「いいかね、拝殿に入ったのが5人のみであるのなら、犯人はその中の誰かということになる。それが一人では無理であるなら、複数の者でやったのに違いない。30分かかる作業も5人なら1人6分ですむ。そこで分担を考えてみると、これが実に都合のいい順になっているじゃないか」

「都合のいい順だって? なんだい、それは?」

 私は持論を論駁されたのも忘れて問い返した。

「おそらく犯行はこのように行なわれたのだと思う。すなわち、閂の解除、被害者の絞殺、力石ちからいしの顔面への投下、室内の物の細工、閂の施錠。全部で5工程だ。これらの作業に必要な能力は、1番目と5番目で細い腕、3番目に腕力だ。そこで、拝殿に入った順を思い返してみよう。東朱美・東利和・高倉秀・山村健・東朱美・仁科長男だったね。どうだい、ちゃんと1番目と5番目に細い腕、三番目に力自慢がいるじゃないか」

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