1-4

 楽屋に戻った私は、演者用楽屋の隅にスタンバイして、ビデオカメラのモニターとパソコンのモニターが等分に見張れる場所に座った。舞台の様子は学生たちがラインで中継してくれることになっていた。

 私は学生たちのセッティングを再確認して、メモをとるための手帖リフィルをはさんだクリップボードを膝に載せた。


 すでに楽屋は出演者たちで混み合っていた。

 といっても、すべての出演者がいるわけではない。遅い時間の演目しか出演しない者は出番が近づかないとやって来ないし、神輿の担ぎ手も兼ねている者も何人かいるからだ。

 ノートが手元にないのでその時楽屋にいた者を正確に述べることはできないが、3番目の演目に出演する東利和ひがしとしかずと、夜中のダレ場で軽業を披露する山村健やまくらけんがいたことは確かだ。

 出番が迫っている東利和は衣装を着て化粧もすませていたが、出番がずっと先の山村健は化粧はまだで衣装もつけず、下着代わりの白衣姿だった。

 役者たちはそれぞれ台本を読んだり所作の練習をしたりしていたが、東利和と山村健はもう台詞などは入っているのか、拝殿側の隅で酒を飲んでいた。

 そこへ東朱美ひがしあけみが日本酒の五合瓶を下げてやってきた。彼女は東利和の義理の妹――利和の死んだ弟の妻――だ。

「もう、義兄にいさんたら柄にもなく緊張しちゃって。そんなこともあろうかと思って、とっておきの差し入れを持ってきてあげたわよ。これ、実家の近くの造り酒屋が年に30本しか作らない〝御神酒おみき〟なの。奉納用の特別なお酒だから、よく利(き)くわよ」

 そう言って彼女は利和の前の湯飲みに酒をなみなみと注いだ。

 さすがに利和も驚いた顔をしていたが、根が酒好きとみえて一口で半分を飲み干すと、「うめえ」と感に堪えない様子でつぶやいた。

「でしょう?」朱美はにこっと笑って、また酌をした。「『吉備櫻きびざくら』っていうのよ。滅多に手に入らないんだから。さ、ぐっとやって気合いを出して」

 言い忘れていたが、朱美・利和・山村健の三人はいずれも三十前後で、利和がやや年かさ、山村が一番年下という感じだった。

 利和は果樹中心の農家。仕事柄よく日に焼けていて、体つきもがっちりしている。

 山村は小柄で大工というより鳶(とび)の方が似合いそうな感じだ。彼もよく日に焼けている。

 朱美はきゃしゃな作りで、とくに美人でも派手でもない。赤っぽい茶髪が若い頃に遊んでいた名残のようだが、周囲からとくに浮いた様子もない。

 印象としては、そうだな、アビシニアンって猫がいるだろう? そんな感じだな。


 利和の飲むピッチが速いのが気になったのか、山村は苦笑して言った。

「おいおい、飲み過ぎてしくじったりしないでくださいよ。後が厄介だから」

「これくらいで酔うかよ」

 利和がぶすっとした様子でそう言うと、朱美も同調して「そうよ」と言い、脇にあった一升瓶を取り上げると山村のコップに酌をして、「あんたも気合い入れなさいよ」と言い放った。

「俺は気合い十分さ」山村もぐっと酒を飲むと、ひきつった笑みを浮かべて言った。「きっちりやってみせるさ」

 おやおやと思ったところでスマホがぶるぶると震えた。舞台を観察するチームからのラインで、ぐびんだ役が拝殿に入るところだと知らせてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る