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「あの時は村中が大騒ぎだったよ。なにしろ神社の拝殿で人が殺されたんだから。祭は中止になるし、こちらまで警察の取り調べを受けることになるし、本当に困ったよ」

「君が困ろうが逼迫しようが僕の知ったことじゃない」

 彼女は私に顔を寄せて言った。

 キスができそうなほどの近さにどきりとし、私は自分がなにを話しているのか忘れそうになった。

「それより、その時のことをもっと具体的、かつ時系列的に話してくれないか」

 愛染は私の目を正面から見て言った。

「そう、民俗儀礼の現地調査報告の時と同じようにね。君の調査報告は簡潔で理路整然として本当にわかりやすい。雑談になると、とたんに支離滅裂となってしまうがね……」

「それは悪かったね」

 ここで私の論文批判に戻ってしまっては元も子もないので、ここは腹の虫を押さえて話の続きをすることにした。

「じゃあ、順を追って話すよ。少々長い話だけど、我慢してくれ。本当に不思議な事件なんだ。ひょっとしたら君にも真相はわからないのじゃないかと思うよ」

「君がその調子で事件の具体的なデータを話さなければ、いくら聞いても真相にはたどり着かないだろうね。少なくともこの飛行機が羽田に着く前には無理だろうよ」

「混ぜ返すなよ」

 私は苦笑して言った。ここまで言われてしまったは苦笑するしかない。

「何事にも前置きってものが必要なんだよ」

「世にも恐ろしい怪事件が起こったのは、ぬえが鳴く夜のことでした――って、やつかい? まあ、君の話も横溝正史なみに面白いことを期待するね」

 私はにやりとして言った。

「愛染先生が横溝正史の愛読者とは知らなかった」

 驚いたことに、愛染は少し照れたような表情をみせた。

「僕だって推理小説くらい読むさ。それに、横溝作品は近代宗教史もしくは宗教民俗学の観点からみても興味深い。君は読まないのか?」

「中高生の頃はね」

 私は少々鼻白んで言った。彼女が横溝ファンとは想定外だった。

「今もミステリーは嫌いじゃないが、参考資料を読むので手一杯だよ。出張の時に列車で読むくらいかな」

「ミステリーを読む暇もないほど論文を読んでいるのかい、君は? 驚きだね、その勉強熱心さは。まさか『印度学仏教学研究』とか『現代民俗学研究』といった学会誌を頭から精読しているじゃなかろうね?」

「まさか」

 私は顔をしかめた。

「話をとどこらせているのは君だよ。――じゃあ、本題に入るから、しばらく黙って聞いてくれよ」

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