9
「おねえさん……!」
逃げる。纒子の手を引いて佑々の取った選択肢がそれだった。数の不利に加えて、敵は陣を組んでいる。真正面から立ち向かうのは、愚の骨頂。
戦闘において逃走の選択肢は必ず頭に入れておけ。“たたかう”よりも“にげる”を念頭に。叔父から口酸っぱく念押しされた事だ。
「しかぁし! まわり込まれてしまった!」
まずは階下へ向かって立て直そうと判断したのが運の尽き。エスカレーター。段差を半分も降ったところで、足場が動く。
たしかに電気仕掛けの階段だが、錆び付いたなれ果ての姿なのに佑々たちを射ち出す勢いで上昇するとは。
「知らなかった? 電脳美少女からは逃げられない」
投げ出されたふたりは、飴薬の目前にまで立ち戻される。
「知らなかったよ、これボス戦だったんだ」
「言うじゃない、佑々くん」
今さら、名前を知られている事に驚きはない。
「きみは結構話せるね」
「ドラクエなら、ナンバリングからモンスターズまで遊んだよ。好きな呪文はバギクロス」
「わたしはねえ、パルプンテ。とか言うと思った?」
「……ちょっとだけ」
「ところがどっこい、バイキルト。バフ積みこそ、ゲームの醍醐味でしょ」
「……ケット・シー!」
門外漢の纒子、痺れを切らして山猫をけし掛ける。飴薬の後ろへ控えるうさぎアンテナのブラウン管目掛けて裁縫針を投擲する。
パワー不足のケット・シー、いくらも速度は出やしない。針は難なく躱される。
「ちょっと、逃げるの失敗したんだから今はわたしのターンじゃない?」
「知らねーっつの。わかんないネタで盛り上がってんなよ。喧嘩売って来といて行儀よくとか、寝ぼけてんの?」
「それも、そおだ♫」
飴薬、言葉尻を跳ねさせてゲームパッドを操作する。
戦端を開く家電陸軍。切り込み隊長の掃除機に、炎熱を吐きながらコードを蛇腹に這い寄るドライヤー。しんがりで戦列銃隊を組むピッチングマシン。近、中、遠の三段構成。
掃除機と斬り結べばドライヤーに焼かれ、ドライヤーの動きを封じても豪速球の的になる。
「なら最初に潰すのは……!」
抜糸スプリント。踏み込んで来た掃除機を置き去りにして、瞬間に織り上げた布を盾に炎熱を突き抜ける。
真っ先に潰すべきは後ろ備えの戦列銃隊。裁ち鋏を抜き放ち、肉迫したピッチングマシンを刃先に捉えて双極の刃を綴じる。
ぢゃぎんと、斬る手応えもなく。
「いいセンス。け・れ・どぉ」
纒子の奇襲を躱して、散開するピッチングマシン戦列。四基のマシンが纒子と山猫を取り囲む。
「わたしのほうが、一枚上手」
十字投球。カーブにフォーク、スライダーにストレート。豊富な球種に、メジャーリーガーはおろか新幹線も目じゃない球速の硬球が四面楚歌から放たれる。
加えて。
「こいつ……!」
狙いはケット・シーではなく、纒子本体。流れ球ですらなく完全に纒子に的を絞っている。ひとを傷付けるのに微塵の躊躇もない
機敏な猫足のケット・シーなら身を躱せるが、機動力を抜糸スプリントに頼った纒子本体には身じろぎする間さえない。
舞踊の所作で片方の肉球に纒子の背を預かり、もう片方へ裁縫針を執って硬球を切り払う。
「うっ……!」
振れるのは三振まで、豪速球のストレートがケット・シーの胸毛に突き刺さる。生身で受けるよりはマシとはいえ、纒子の心が負うダメージは生半可なものではない。血反吐を吐きそうな気分だ。
「おねえさん……!」
「佑々! あんたはそこだ、そこで眼を凝らして勝ち筋探すんだよ!」
この敵は強い。能力や戦術の問題以前に、戦闘へ臨む心構えが違う。人を的に攻撃できる心構えは、一朝一夕では養えない。
なら、身を切る覚悟が必要だ。
「こいつの相手はあたしがする。あんたはそこで、弱点を探して!」
「いいね、
「うるせー、いちいちフルネームで呼んでんな」
「じゃあ、ぬいぬい」
「……あんた、あたしの敵でしょ」
「そうだよ。ぬいぬいは今から、わたしの愛しい宿敵なんだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます