壊れた提灯ジャック・オ・ランタン

 いぶし銀のオイルライターを片手にする男は、咥え煙草へ火を着けるよりも先に、狼煙谷目掛けて鬼火を発した。

 底火は青く、凶相のまま嗤う鬼火が狼煙屋を急襲する。弾ける炎熱、火炎が逆巻く。


「……挨拶もなしとはね」

 鎧のように纏った灰煙の魔人から、炎熱の残滓に揺らぐ陽炎を振り払って涼しい顔をした狼煙谷が現れた。


「今のが、初めましての名刺代わりってことで」

「印象最悪。セールスマンなら門前払い」

「勤め人に見えますかね?」

「いいや、まったく。ヤクザ屋さんかい? 喧嘩買った覚えはないぜ」

「まあ、似たようなもんで」と男は、ようやく咥え煙草に火を着けた。


「ああ。煙、大丈夫でしたよね。おたくも吸います?」

「昔にやめた。子どもに嫌われてね」

「あらまあ、そいつはもったいない」

 さも美味そうに紫煙を吐く。


「喧嘩、買った覚えはないと言いましたが。売ったのはおたくでしょうや」

「安売りして回る趣味もないんだけども」

「だから、高く買ったでしょう」

「どうやら、そうらしい」

 狼煙谷も依頼人の金払いのよさに、轟と同じ洞察へ行き着いた。


「……ミミックの群れ、か。ありゃあ、そちらさんの仕業だったってことかな?」

 ここ最近、何か思惑のある連中に喧嘩を売るような真似をしたとなると、その辺りしか心当たりがない。


「鎌掛けですかい?」

「それ、聞いたら認めてるのと同じだろ」

「腹芸は苦手でしてね。痛い腹を探られるのは、痛くない腹探られるより嫌に決まってる。早い話が、群れるミミックについて探りを入れるのは止してくれっていうことで」

「早い話で済ませるつもりの初めましてじゃなかったろ」

「生半可な脅しで首を引っ込めるほど利口じゃないでしょう、おたくらは」

 複数形、これみよがしに。こちらの内情も、おおよそ把握されている。


「廃車場の轟にも、誰か使いが行ってるのかな?」

 手探りのジャブ。


「そこで甥御さんの名前出さない辺り、やっぱりおたくの痛覚はそこですかい」

 鎌掛け。そうわかっていても、口が止まった。腹芸が苦手などとよくも言う。


「……早く話しを済ませよう」

「そうですねい。お互い、時間は惜しい」

 双方が、互いのミミックをかたわらへ侍らせる。

灰燼ジン

 ラクダ革を巻いた携帯灰皿、焦熱を宿した灰煙の魔人が拳を構える。

壊れた提灯ジャック・オ・ランタン

 いぶし銀のオイルライター、笑みを浮かべた凶相の鬼火が群れをなして円陣を組んだ。

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