第十三話 沈黙の密室
松本市郊外、冬の山間に佇む古びた民宿「しらかば庵」。 すでに営業を終え、取り壊し寸前だったその場所に、5人の人物が“同時に”いた痕跡が見つかった。
沢渡廉、赤堀翔太、甲斐真知、瀬川洸一、そして──未確認の“第五の人物”。
発見時、民宿の内部は異様な静けさに包まれていた。 窓という窓には厚手のカーテンが引かれ、照明のスイッチはすべてテープで封じられていた。 壁には「観察中」という紙が十数枚、手書きで貼られていた。
一階奥の和室。 そこには、囲炉裏の残骸とともに、カメラが三脚に据え付けられていた。
録画機は燃やされ、映像は残っていなかった。 だが、火の回りが不自然に遅く、部分的に焼け残った写真が一枚、発見された。
白黒の集合写真。 五人の人物が並んでいる。 顔は判然としないが、その配置は──かつての天穂福祉センターでの写真と同じだった。
沢渡は、その民宿の一室で目を覚ました。
時刻は深夜1時13分。 外は静かだった。 電気は点いていない。 だが、自分の足元に“乾いた赤い染み”が広がっているのが見えた。
頭が痛い。 喉が渇く。 だが、何よりも胸の奥に、言いようのない恐怖が渦巻いていた。
──自分は、ここで“何をしていた”のか?
そしてなぜ、自分ひとりだけが“生き残った”のか?
扉を開けると、廊下には倒れた赤堀の姿があった。 すぐに駆け寄るが、彼は意識がない。 しかし、胸に手を当てると、かすかに脈があった。
「……まだ、生きてる」
安堵する暇もなく、別の部屋の扉が、ギィ……と開いた。 そこには、倒れた椅子と、焼け焦げたカーテン。 その隅に、何かが書かれていた。
──「静かにしていれば、記録されない」
まるで、それが“この空間のルール”であるかのように。
同時刻。 捜査本部では、時雨善哉が民宿の間取り図を前に、ひとつの推測を口にしていた。
「……この空間は“記録の部屋”だったんだよ」
捜査員が訊き返す。
「記録の部屋、とは?」
「天穂の五人……廉・翔太・真知・洸一・由依。 彼らは過去に一度、“記録される側”だった。 だが、いまは“記録する側”に回っている者がいる。 そして、その“舞台”を民宿で再現した。 つまり、ここは“記録者にとっての再現実験の箱庭”だったのだ」
後日、沢渡が搬送された病院の診断記録にはこう残された。
“被験者は混濁状態で発見されたが、回復は早かった。 しかし、精神的ストレス反応は重度。 過去の記憶と現実との境界が曖昧になっている可能性あり。”
医師はこうも記している。
“目を覚ました直後、被験者は繰り返しこう呟いた。 『俺は誰を記録してたんだ? 俺自身か、それとも……』”
その夜、時雨はまたノートを開いた。
“密室とは、外と切り離された空間ではない。 むしろ、最も“世界と接続された精神の内部”なのだ。 そして今、全員の記憶が“そこ”に向かって沈み始めている。”
(第十四話へ続く)
全二十話:乞うご期待!!
第一話 生き残った探偵
第二話 無人の探偵事務所
第三話 沈んだ窓
第四話 白い部屋
第五話 橋の下の微笑み
第六話 彼女の静けさ
第七話 あるインタビュー記録
第八話 記録という狂気
第九話 清められた姉
第十話 “あの部屋”へ
第十一話 沢渡、目覚める
第十二話 時雨のノート
第十三話 沈黙の密室
第十四話 もうひとりの声
第十五話 消された映像
第十六話 最後の告白
第十七話 交差する記憶
第十八話 祈りの花
第十九話 記録の果て
第二十話 すべてが繋がる日
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