第十一話 沢渡、目覚める
夢の中で、沢渡廉は鍵の音を聞いていた。
ガチャリ。 古びた鉄の扉が、誰かの手で開かれる音。 だが、目の前には扉はない。 あるのは、白い廊下と、誰かの泣き声。 声の主は、自分だったような気もするし、そうでないような気もする。
彼は夢の中で歩く。 そして、**“Kの部屋”**という文字が浮かぶ白いドアの前で立ち止まった。
目覚めると、朝の光がカーテン越しに差し込んでいた。 心臓がバクバクと音を立てていた。 額には汗。
沢渡は、夢の内容をノートに書き留めることなく、ただひとつの名前を呟いた。
「……K」
喉が渇いていた。 水を飲もうと立ち上がったとき、玄関のポストに何かが投函される音がした。
白い封筒。差出人不明。 中には、一枚のコピーと手紙。
コピーされたのは、10年前の新聞記事。
『記者志望の大学生、転落事故で意識不明──施設取材中に起きた悲劇』
自分自身だった。 まだ「記者見習い」だったころ、天穂福祉センターに単独で潜入取材しようとし、裏手の斜面から足を滑らせて意識を失った。
そのときに負った記憶障害。 ずっと「事故だった」と思い込んでいたが──
添えられていた手紙には、こう書かれていた。
“あれは事故じゃない。君は中に入っていた。 彼らと同じく、君も“5人のひとり”だった。 だから今も君だけが、生きている。”
沢渡は、過去のファイルをひとつひとつ開き直しはじめた。 自分が撮った写真、自分が書いた下書き、自分が録音した音声。
そこに、ひとつだけ“異常”があった。
日付が合っていないのだ。
録音データのタイムスタンプは、「2023年4月21日」 だが、彼が転落事故で入院したのは、「2023年4月19日」。
──おかしい。
入院していたはずの“2日後”の記録が、残っている?
録音を再生する。 音がした。 誰かの足音。そして、自分の声。
「……この中にいる。5人のうち、誰かが“最初から知っていた”。 それがK──“記録者”だ。 ……でも、名前がない。 じゃあ、もしかして──」
音が急に止まる。 そのあと、小さな“嗤うような息遣い”が録音されていた。
沢渡は震える指で、スマホを手に取った。 赤堀に電話をかける。
「赤堀……俺、思い出し始めてる。 でも、なんかおかしい。“俺の記憶”に、俺がいないんだ。 誰かに“思い出さされてる”気がする。 ……まるで、誰かが“台本”を書いたみたいに」
電話の向こうで、赤堀が息を呑んだ。
「沢渡。……お前は“演じてる”のかもしれないな。 記録者の“目線”で、ずっと。 だとしたら、お前が今一番怖いのは──“自分自身”なんじゃないか?」
沈黙。 そして、沢渡は小さく呟いた。
「……俺は、何を記録してたんだ?」
その夜、PCの電源を落としたあとも、モニターに映った自分の顔が、なぜか笑っていたように見えた。
(第十二話へ続く)
全二十話:乞うご期待!!
第一話 生き残った探偵
第二話 無人の探偵事務所
第三話 沈んだ窓
第四話 白い部屋
第五話 橋の下の微笑み
第六話 彼女の静けさ
第七話 あるインタビュー記録
第八話 記録という狂気
第九話 清められた姉
第十話 “あの部屋”へ
第十一話 沢渡、目覚める
第十二話 時雨のノート
第十三話 沈黙の密室
第十四話 もうひとりの声
第十五話 消された映像
第十六話 最後の告白
第十七話 交差する記憶
第十八話 祈りの花
第十九話 記録の果て
第二十話 すべてが繋がる日
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