第9話『新たな家族』


 勇者と魔王が手を組み、魔竜と死闘を繰り広げる……わたしはそんな展開を予想していた。


 しかし、実際の戦闘はものすごくあっけなく終わってしまう。


 魔王さんが遠距離から魔法攻撃を命中させ、魔竜が怯んだ隙に勇者さんが接近。その眉間に剣を突き立て、一撃で絶命させてしまった。


 薄々気づいてはいたけど……普段から世界の命運を賭けて戦っているのだし。この二人強すぎだった。


 ……それから亡くなった村人たちを弔うも……村の状況はひどいもので、この子を除き、誰も生き残ってはいなかった。


 魔竜に破壊し尽くされた村に、小さな子を放置していくことなどできず……わたしたちは少女を連れて、シェアハウスに戻ることにした。


「あの、あなた、お名前は?」


「……」


 シェアハウスに帰り着き、ミルクと砂糖たっぷりの紅茶を用意してあげるも……少女はうつむき、沈黙したままだ。


 故郷の村があんな状況になってしまったのだし、無理もない。


 勇者さんと魔王さんも顔を見合わせ、かける言葉に悩んでいるようだった。


「うにゃあ」


 その時、テーブルの下にいたゴン吉さんが一鳴きし、少女の肩へと飛び乗った。


「わっ、わっ、なに?」


「ちょ、ちょっとゴン吉さん、ダメですよっ」


「うにゃっ、にゃ、にゃ」


 わたしが必死に止めるも、ゴン吉さんは少女の肩に乗ったまま、その頬や耳を舐めていた。


「あはっ、くすぐったいよ。やめて」


 すると、それまで無表情だった少女がわずかに笑みを浮かべる。


「……もしかして、慰めてくれているんでしょうか」


「うにゃあっ!」


 思わずそう口にすると、ゴン吉さんはまるで返事でもするかのように、ひときわ大きな声で鳴いた。


「……そうだったんだ。ありがと」


 やがて、少女は穏やかな表情でゴン吉さんの頭を撫でる。そして呟いた。


「……ステラ」


「え?」


「わたしの、名前」


 続いて、わたしの顔を見る。


「ステラ……いい名前ですね」


 元の世界だと『星』を意味する単語だ。


 先程見せてくれた彼女の笑顔は、それこそ星のように輝いていた。


 ……この笑顔を、曇らせてはいけない。


 わたしは自然とそう思い、ステラの手を取る。


「……ステラ、今日からここが、あなたの新しいお家です。わたしも勇者さんも、魔王さんも、あなたの新しい家族になります」


 そして、彼女と目線を合わせながら言葉を紡ぐ。


 ステラは一瞬驚いた顔をしたあと、静かに口を開いた。


「……わたし、ここにいて、いいの?」


「もちろんです。お二人も、いいですよね?」


 わたしは勇者さんと魔王さんに尋ねるも、二人は今更だという顔でうなずいた。


「うにゃっ」


 続いて、自分もいるとばかりに、ゴン吉さんが一声鳴く。


 ……このシェアハウスで暮らす人は、皆家族。


 かつて、おばあちゃんが決めたこのルールは、世界が変わっても必ず守り続ける。


「でも、迷惑じゃない? わたし、こんなのだよ?」


 ステラは申し訳なさそうに言って、自分の獣耳を指し示す。


「ここには勇者さんに魔王さんだっているのですから、人と魔族のハーフの子が一人増えたくらい、どうってことないです」


「……ありがとう」


 わたしの言葉を聞いたステラは、泣き笑いのような表情を見せる。


 なんとも言えない愛おしさを感じたわたしは、そんなステラの頭を優しく撫でてあげたのだった。


「……よし、そうと決まれば、新たな家族の歓迎会といくか」


 頃合いを見て、魔王さんは立ち上がり、エプロンを身につける。


「えっ、あの……歓迎会と言っても、食料はないのでは……?」


「先程仕留めた魔竜の肉があるではないか。竜のステーキはうまいぞ。ユウナ、キッチンを借りる」


 続いてそう言い、魔王さんはキッチンへと向かっていく。


 その入口からは、巨大な竜の尾が覗いていた。


「……あれ、食べられるの?」


「どうなんでしょうか」


 不安げな顔でわたしを見つめてくるステラに言葉を返し、勇者さんを見る。


「私もあれだけ巨大なものは食べたことがないので……小型の竜は、トカゲのような味がして美味でしたが」


「そうなんだ。ならおいしいかも」


 ステラにはわかったようだけど、わたしはトカゲなんて食べたことがない。


 二人が『おいしい』と言っているのだし、わたしも信じて待つことにしよう。


「さあ、できたぞ。たんと食べてくれ」


 ややあって、大きな器に盛られたドラゴンのステーキが運ばれてきた。


 巨大な竜の尾をそのまま輪切りにしたような見た目で、わたしとステラは目を見開く。


「こ、これはなかなかの迫力だな」


 若干引きながら、勇者さんが言い……ゴン吉さんは物珍しそうに鼻をひくつかせていた。


「もちろん、ゴン吉さんの分もあるぞ」


 言いながら、魔王さんはお肉の切れ端をゴン吉さんへ差し出す。


 あの魔竜もまさか、猫に食べられるとは思ってもいなかっただろうなぁ。


「私も味見をしてみたが、柔らかくてうまいぞ。そうだ、醤油が合うかもしれん」


「ショーユ?」


 続く魔王さんの言葉に、ステラは首をかしげた。


「わたしの元いた世界の調味料で……あ、このあたりの話はあとでゆっくりしましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」


 わたしはそう言ったあと、手を合わせて食事の挨拶をする。


 最初は不思議そうな顔をしていたステラも、魔王さんと勇者さんが同じようにするのを見て、見よう見まねで手を合わせてくれた。


 ……こうして、わたしたちのシェアハウスに、新しい家族が増えたのだった。

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