第8話『東の森』
それから準備を整えたわたしは、完全武装した魔王さんと勇者さんに挟まれるように、森へと足を踏み入れる。
ちなみにゴン吉さんも、わたしの腕の中にいる。シェアハウスに一人置いていくと、どこに行くかもわからない……と魔王さんたちが心配したので、同行してもらうことにしたのだ。
最初は森の入口で、食べられる野草探しをする。
そのあたりの知識はさっぱりなので、二人に教えてもらいながら採取を進めていく。
「あの真っ赤な木の実、リンゴみたいで食べられそうですけど」
「いえ、あれに近づいたら逆に食べられてしまいます」
「えぇ!?」
「――はぁっ!」
そう言った直後、勇者さんは手にしていた剣を一振り。剣先から謎の衝撃波が飛び出し、赤い木の実が生る木を直撃した。
「ギャオオオオッ!」
すると、攻撃された木は急に動き出し、苦しそうに幹をよじる。
その幹には、巨大な人の顔のようなものが浮き上がっていた。
「あのように、魔物が木に擬態しているのです」
「そういうことだ。基本的に臆病な奴だが、自分より弱いと判断すれば、容赦なく襲いかかってくる。ユウナなど格好の餌食だ」
そう言いながら、魔王さんは右手から謎のレーザーを発射し、木の魔物を仕留めてしまった。
「ひぇぇぇ……」
予想を上回るファンタジー世界に、わたしは魔王さんにぴったりとくっついていることしかできなかった。異世界怖い。
……その後も数体の魔物を倒しつつ、森の奥へと進んでいく。
「ところで、先ほどから倒しているのは『魔物』なんですか? 『魔獣』とは違うんです?」
「ああ。魔獣はいわば、魔族の家畜だったものが野生化したものだ。魔物は動植物が周囲の悪い魔力にあてられて凶暴化したものだな」
私が尋ねると、魔王さんがそう教えてくれた。どのみち危険ということに変わりはなさそうだ。
「……しかし、だいぶ森の奥に入ってきたというのに、大型の魔獣の気配はありませんね。それこそジャイロヌガールでも出てきてくれれば、数日分の食料になるのですが」
周囲を見渡しながら、勇者さんは言う。
ジャイロヌガールって、以前わたしを襲ってきた大きな鳥だよね。またあれと遭遇するとか、恐怖でしかないんだけど。
「……うにゃあっ」
そんなことを考えていた矢先、腕の中にいたゴン吉さんが大きな声で鳴き、地面へと降り立った。
「え、ちょっとゴン吉さん、危ないですよ?」
わたしはゴン吉さんを再び抱き上げようとするも、彼はその鍵しっぽをわずかに動かしたあと、茂みの中へと飛び込んでいく。
「わわわ、ゴン吉さん、待ってください!」
わたしは急いでその背を追いかける。勇者さんたちも、その後ろに続く。
「……え?」
やがて茂みを抜けると、そこには一人の少女が呆然と佇んでいた。
ゴン吉さんは彼女の足元に座り、わたしたちを招くように『うにゃっ』と鳴いた。
その少女は全身傷だらけで、ボロボロの衣服を身にまとい、短めの黒髪の一部は焼けたようにチリチリになっていた。
「えっ、えっ、どうしてこんなところに女の子が?」
わたしはその子を見ながら、誰となく尋ねる。勇者さんは首をかしげた。
「……ここから北に進むと、小さな村がある。この娘は、おそらくそこから来たのだろう」
「村ですか? 初耳ですよ」
続く魔王さんの言葉に、勇者さんが反応する。
「それはそうだろうな。今から五年ほど前、私が頼まれて作った村だ。あそこは……少し特殊でな」
魔王さんはそう言葉を濁す。
特殊……どういうことだろう。
「その娘を見て、気づくことはないか?」
そう言われて、わたしは改めて目の前の少女を見る。
「……?」
不思議そうにわたしを見る少女の見た目は5歳くらい。その瞳は金色で、それこそ猫を思わせる。
加えて、本来耳があるはずの場所には、髪と同じ色の獣耳が生えていた。
「なんか……ネコっぽい子ですね」
「……その村はわけあって、人と魔族が共存しているのだ。その娘は、人と魔族の混血だな」
わたしは思わずそんな感想を口にするも、魔王さんはそう説明してくれる。
「その少女の身なりからして、村で何かあったのかもしれん。こっちだ」
魔王さんはそう言うと、少女が出てきた草藪に向けて飛び込む。
わたしと勇者さんは半信半疑のまま、そのあとに続いた。
◇
それからしばらく、道なき道を進むと……突然開けた場所に出る。
前方を進んでいたはずの魔王さんは、なぜかその場に立ち尽くしていた。
「これは……!」
わたしと勇者さんもそんな彼女に並び立ち、ようやく状況を理解する。
そこには、確かに小さな村があった。
……正確には、あったと思われる。
森の木を切り出して作られたらしい建物はその全てが崩れ、燃えていた。
野菜が育てられていたであろう畑も、それを育てていたと思われる人々も、あらゆるものが炎に包まれている。
「こ、これは……何があったんでしょうか」
わたしは恐怖しながら、なんとか言葉を紡ぐ。
「わかりません……野盗の襲撃でも、ここまでは……」
勇者さんが驚愕の表情を見せる中、炎と煙の中で大きな何かがうごめいた。
「ひっ……」
背後に隠れるようにしていた少女が小さな悲鳴を上げ、わたしの背中に顔をうずめる。
やがて姿を現したのは、赤黒い見た目をした巨大なドラゴンだった。
「……魔竜か」
勇者さんと魔王さんが、ほぼ同時にそう口にした。
「魔竜……ですか?」
「ああ。竜は本来、気高き存在だが……先程の魔物と同じように、長時間悪い魔力にあてられ続けると、魔竜と化して見境なく暴れるのだ」
「あの村は……間違いなく、魔竜に襲われたのでしょう」
ほとんど廃墟と化した村を見ながら、勇者さんが怒りに震えていた。
「やるぞ、魔王」
「ああ。犠牲になった者たちの弔い合戦だ」
やがて二人は戦闘態勢を取り、魔竜に向かって突撃していった。
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