第6話『同居人は仲良く』


「き、貴様は魔王!? なぜ勇者の私がここにいるとわかった!?」


「それはこちらのセリフだ! ついにこの魔王城(仮)にまでやってきたか!」


 魔王さんの登場に驚いた勇者さんは剣を抜き、魔王さんも周囲に謎の闇オーラをまとう。


 ……というか、ここは魔王城じゃないから! 勝手に(仮)とかつけないで!


 ここはわたしのシェアハウス『つむぎ荘』だから!


「受けるがいい! 勇者剣奥義――!」


「なんの! 最上級暗黒魔術――!」


 そうこうしていると、どう見てもラストバトルとしか思えない戦いが始まってしまう。


 ……予想はしていたけど、やっぱりこうなってしまった。


 謎の衝撃波とか発生してるし、わたしはリビングの隅で縮こまることしかできなかった。


 ……その時、その衝撃波によって一枚の名刺が飛んできた。


 これは先日、シェアハウス管理会社のリシェルさんからもらったものだ。


 何か困ったことがあったらご連絡ください……なんて言っていたけど、この名刺には連絡先なんて書かれていない。


 今まさに困っているのだけど……リシェルさーん、入居者トラブルですよー!


「はいはーい! どうしましたかー!?」


「うひゃあ!?」


 その名刺を抱きしめるようにしながら、必死に念じていると……突然目の前で小さな光が弾け、リシェルさんが現れた。


「ああああ、来てくれたんですね!?」


「はい! どうやらお困りのようですねー。原因はなんですか?」


「入居者トラブルです。見てください」


 わたしは震え声で言って、殺気立ったまま向かい合う魔王と勇者を指し示す。


「げっ」


 次の瞬間、リシェルさんは言葉を失っていた。


「ゆ、勇者さんと魔王さんじゃないですかー。まさかあの二人が同居人? よく受け入れましたね」


「その、なんといいますか。なりゆきで……止めてもらえます?」


「い、いやいや! たかが妖精風情に勇者と魔王の戦いは止められませんって! あっ、本社から緊急連絡だ! 申し訳ないですが、これで失礼します!」


 矢継ぎ早に言って、リシェルさんは姿を消してしまった。


 今の、絶対逃げたよね? もー、役立たず!


 わたしは再び頭を抱える。


 いくら妖精王さんの加護があるとはいえ、この二人が暴れたらシェアハウスも無傷じゃすまないよね!? どうしよう、どうしよう。


「うにゃあっ! ふかーーっ!」


 まさに世界の命運を賭けた戦いがリビングで始まろうとしていた時、それまで床に寝っ転がっていたゴン吉さんが飛び起き、全身の毛を逆立てた。


「ああっ、すまない。驚かせてしまったか」


「ご、ごめんよ。まったく、魔王が派手な魔法なんて使うから、ゴン吉さんが驚いてしまったじゃないか!?」


「なんだと!? お前の剣技こそ、彼を驚かせているぞ!」


「は、はいはい! ストップ! ストップです! ケンカはやめてください!」


 二人の注意がゴン吉さんに向き、その殺気が収まったところで……わたしはその間に割って入る。


「お二人とも! シェアハウスのルールをお忘れですか!? ここに住む人は、わたしを含めて皆家族! どんな人がやってこようとも、仲良くしてくださいと言ったはずです!」


 お腹の底から声を出し、そう伝える。直後、二人は動きを止めた。


「しかし、私と魔王はずっと戦いを続けていて……」


「しかしもカカシもありません! あなたも勇者なら、誓ったことは守ってください!」


「む、むぅ……」


「魔王さんもですよ! ほら、ゴン吉さんも困ってます!」


「うにゃっ!」


 続いてゴン吉さんを抱き上げて、二人と目線を合わせる。


「このままだと、お二人を嫌いになるとも言ってます!」


 これはわたしの想像だけど、今の言葉は効いたらしく、二人は顔を見合わせる。


 そしてどちらとなく、戦闘態勢を解いた。


「……わかった。魔王の名において、この建物の中では勇者と戦わぬことを誓おう」


 先に魔王さんが言い、勇者さんもそれに続く。


 しっかりと握手を交わす二人を見ながら、わたしは胸をなでおろしたのだった。


 ……やっぱり家族なんですから、ケンカしちゃ駄目ですよね。


 ◇


 その日の夜。三人で夕食を食べながら、話し合いの場を設けることにした。


 魔王さんたちによると、こうして話し合うのは今回が初めてらしい。


 ちなみに、夕飯は魔王さんが獲ってきてくれたガスロン牛のすき焼きだ。


 下処理されてお肉になったものを直接渡されたので、実際にはどんな見た目をしているのかわからないけど……勇者さんは「あれを食べるのか……?」と引いていた。


 とにもかくにも、家族会議の前にはすき焼きを食べる……というのが、柊家の決まりだ。それは異世界に来ても変えたくない。


「それで、お二人はどうして戦い続けているんですか?」


「どうして……と言われても。私が生まれる前から、人と魔族の戦いは続いています」


「正確には125年前からだな」


 わたしが尋ねると、二人は生卵をかき混ぜながら神妙な顔で言う。


 なんか、言動と行動が合ってない。


「人間は物心ついた頃から、魔族は悪だと教え込まれています。現に、魔族から畑を荒らされ、人が襲われる被害はあとをたちません」


「勇者よ、それは少し違うな」


「何が違うと言うんだ?」


「人間の畑を荒らしているのは『魔族』ではない。『魔獣』だ。連中には、我々もほとほと手を焼いている」


「そうなのか……?」


「そうだ。人も、狼や熊に襲われることがあるだろう。我々にしてみれば、それと同じ感覚なのだよ」


 やれやれ……といった表情で鍋から牛肉をすくい上げると、そのまま生卵にくぐらせて口に運ぶ。直後に幸せそうな顔をした。


「だいたい……お前たち人間は魔族と魔獣の違いをわかっていない」


「同じじゃないのか?」


「一定の知能を持ち、言葉を話せるのが魔族だ。知能が低く、我々と意思の疎通ができないのが魔獣となる」


「知らなかった……」


 魔王さんの説明を聞いた勇者さんは、憑き物が落ちたような顔をした。


「……その事実を人間の皆さんに伝えれば、魔族との戦いはなくなるのでは?」


「いえ……事はそう簡単にはいきません」


 わたしがそんな提案をするも、勇者さんは表情を曇らせる。


「今の人間社会は、魔族との戦争に依存しています。魔族と戦うために武器を作り、兵士を育成し、食料を育てる……常に魔族と戦わないと、経済が回らないのです」


「まぁ……魔王軍としても、その点は同じだな。それまで部族間で争い合っていた魔族が一枚岩になれたのも、人間という共通の敵が現れたからだ。もし戦争が終われば、またすぐに部族間の争いが起こるだろう」


 二人の言葉を聞きながら、わたしはため息をつく。


 どうやら相互扶助のような状況になってるみたい。これはなかなか根深そうな問題だ。

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