第7話『食料危機』


 わたしが転移した戦場での戦いは、二日に一度だ。


 今日は戦いの日なので、勇者さんと魔王さんは身支度を整えて、シェアハウスを出ていく。


「お二人とも、生きて帰ってきてくださいね」


 まるで映画のワンシーンのような台詞を口にしながら、わたしは玄関先から二人を見送る。


 勇者さんは、半壊した街のほうへ。魔王さんは、それなりに復旧作業が進んだ魔王城のほうへ。それぞれ歩いていった。


 その後ろ姿を見送ったあと、わたしはなんとなしに周囲を見渡す。


 少し離れた草原では、恐竜とニワトリを混ぜたようなわけのわからない生き物が草をついばみ、空を見れば巨大なドラゴンがゆうゆうと空を舞っていた。


「うーん、異世界だわ……」


 独り言のように呟いて、わたしはシェアハウスへと戻る。


 そろそろ戦いが始まるだろうし、今日は丸一日、引きこもっていよう。


 ◇


 やがて夕方となり、その日の戦いが終わる。


「あいたたた……勇者よ、今日の一撃は効いたぞ」


「私だって、お前の放った呪いで死ぬところだった。もう少し加減してくれ」


 シェアハウスに戻ってきた二人は全身傷だらけで、勇者さんに至っては明らかに顔色が悪かった。


「あわわわ、救急箱はどこでしたっけ」


 リビングにやってきた二人を前に、わたしは慌てふためきながらそう口にするも……二人の傷はどんどん癒えていく。


「……え、どうなっているんです?」


「驚かせてすまない。我々は傷の治りが早いのだ」


「そういうことです。私の場合は女神の加護で……」


 勇者さんがそう説明してくれる間にも、彼らの傷はみるみるふさがり……やがてきれいさっぱり消え去った。


 ……さすが異世界。本当に不思議なことだらけだ。


「と、とりあえず服は着替えてください。あと、お風呂も沸かしてあるので、魔王さんからどうぞ」


「ああ。すまないな」


「わーーっ! わーーっ!」


 言うが早いか、魔王さんはその場で服を脱ぎ始める。わたしは慌てて勇者さんの視界を覆った。


「ちょ、ちょっと! いきなり脱いじゃ駄目です! 服は脱衣所で脱いでください!」


「ああ……そう言う決まりだったか。忘れていた」


 わたしが注意するも、魔王さんはその豊満な胸を隠すことなく脱衣所へと歩いていった。


 正直、わたしの倍はあるんじゃないかというサイズ。なんともいえない気持ちになる。


「ユウナさん、そろそろ離してくれませんか。顔に新たな傷ができそうで……」


「あっ、す、すみません!」


 つい力が入っていたのか、勇者さんの顔に思いっきり爪を立てていた。魔王さんの姿が見えなくなったのを確認して、わたしは手を離す。


「すぐに傷が治るから、一日おきに戦えるんですね」


「そういうことになります。まぁ、どちらも本気で倒すつもりはないのですが」


「そうなんですか?」


「ええ。先日お話しした通り、魔王を倒して戦争が終わってしまうと、人間側は経済が回らなくなってしまいますからね」


 鎧を脱ぎながら、勇者さんは笑う。


 ……どうやらこの二人、いつもこんな感じでギリギリの戦いを繰り広げているらしい。


 世界のバランスを保つためとはいえ、なかなかに大変そうだった。


「ところで、脱いだ鎧はどこに置いておけば……? 呪いがついていますが、センタクキとやらで落ちますかね?」


 ……わたしの知る限り、洗濯機に解呪機能はない。どうしよう。


「とりあえず、外に出しておいてください……」


 呪いをかけた魔王さんなら、何か知っているかもしれないし……彼女がお風呂から上がったら、話を聞いてみることにしよう。


 ……勇者さんの鎧、なんか黒いオーラまとってるし。どうにもならない気もするけど。


 ◇


 ……それから数日が経過した。


 今日は休戦日ということで、勇者さんと魔王さんはシェアハウスのリビングでまったりと過ごしている。


 ちなみに二人には、シェアハウスの倉庫から出てきた服を着てもらっている。


 これは、かつての入居者さんが置いていったものだ。


 魔王さんの服には、黒い生地に白文字で『今日は働かない』と書かれていて、勇者さんの服には、白い生地に墨文字で『勇者見参!』と書かれている。


 見つけた時に、これは勇者さんにあげるしかないと思ったのだ。あの服も、まさか本物の勇者に着られるとは思いもしなかっただろう。


「ほーれほーれ、ごろにゃ~」


 ……まぁ、今わたしの目の前にいる勇者さんは、そんな勇ましさなんて微塵もない、ただの猫好きな男の人って感じだけど。今もソファに座って、ゴン吉さんと遊んでいる。


「ゴン吉さん、そんなネズミのおもちゃで勇者と遊ぶより、おやつを食べないか?」


「うにゃあ!」


 その時、魔王さんがねこまっしぐらな液状おやつを取り出した。それと同時に、ゴン吉さんの目が輝く。


「こら魔王、おやつは反則だぞ!」


「フッ……悔しければそのネズミで、ゴン吉さんの気を引いてみろ」


「おのれ……!」


 そんな二人のやり取りを、わたしは椅子に座って眺めていた。


 おばあちゃん、つむぎ荘は今日も平和です。


 ……そうこうしていると、お腹が鳴った。


 壁の時計を見てみると、そろそろお昼時だ。


「そういえば、今日の食事当番は誰でしたっけ?」


「今日は勇者のはずだぞ。ほら勇者、早く食事の準備をしろ」


 誰ともなく声をかけると、魔王さんからそんな言葉が返ってきた。


「も、もうそんな時間ですか……えっと、食材は……」


 勇者さんは一瞬ゴン吉さんを見たあと、名残惜しそうに立ち上がって冷蔵庫を確認しにいく。


 その背を見送ったあと、わたしはふと思う。


 最初はどうなることかと、不安でいっぱいだったけど……勇者さんも魔王さんも、すっかりシェアハウスに馴染んでいた。


 わたしもいつしか、二人を家族のように感じている。異世界での生活も、案外悪くない。


「……あれ、ユウナさん、食材が全然ありませんよ?」


「え?」


 その時、キッチンから勇者さんの声が飛んできた。


 冷蔵庫を見に行くと、そこには納豆が1パックあるだけだった。


 異世界に来る前に買い足した食料は、もともと自分とおばあちゃんの分くらいしかなかった。


 そこに食い扶持が二人増えたわけだし、食料が足りなくなってしまうのも当然だった。


「うーん、これは食料を調達しないと。近くにお店とか……あるはずないですよね」


 わたしは言いかけて、すぐに頭を振る。


 ここは戦場のど真ん中だし、勇者さんが滞在していた街も半壊状態だ。とても紙幣経済が動いているとは思えない。


 缶詰やカップラーメンも少しあるけど、あれはあくまで非常食。早々に手を付けるのはやめておきたい。


「食料か……シェアハウスの東に、広い森がある。あそこならそれなりの食料が手に入ると思うが、行ってみるか?」


 考えるような仕草をしたあと、魔王さんがそう口にした。


「そうですね……」


 その時、わたしの頭の中に先日の鳥……ジャイロヌガールに襲われた記憶が蘇る。


 食料は探しに行きたいけど、またあんな怪物に襲われたらどうしよう。


「安心してください。もし魔獣が現れたら、我々が守りますよ」


 わたしのそんな不安を悟ったのか、勇者さんがそう言ってくれる。


 今思えば、ここにいるのは魔王と勇者だ。


 この世界最強のボディーガードと言っても過言ではないし、わたしは二人を信じ、東の森に食料を探しに行くことにした。

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