第2話『猫VS妖精』


 それからシェアハウスの設備を見て回るも……リシェルさんの言う通り、ガスも電気も水道も、これまで通り使えた。


 外には水道管も電線もないはずなのに……これがヨーセイオーさんの力なのかな。


 熱いお湯を吐き出すシャワーを見つつ、わたしはそう納得するしかなかった。


「ありがとうございます! 設備のチェックはこれで終わりですねー」


 一通り建物内を見たあと、リシェルさんは満足顔でそう言った。


「予想以上に良い物件ですね! あとは入居者さんを入れるだけです! ユウナさん、頑張ってください!」


「あの、その入居者さんって、リシェルさんが探してきてくれたりは……?」


 続くリシェルさんの言葉に、わたしはおずおずと尋ねる。彼女はなんともいえない顔をした。


「申し訳ないですが、そこは管理人さんにお任せしてるんですよー。ほら、おたくが変な住人を紹介したから……って、あとあと問題にされても困るじゃないですか」


 ひらひらと空中を飛び回りながら、リシェルさんは言う。ポニーテールに結われた髪が、同じように舞っていた。


「リシェルさんの言うことはもっともですが……この世界のルールもよくわからないので、突然人集めをしろと言われても無理ですよ」


「そうですねー。じゃあ、近くの街の掲示板に住民募集のチラシを貼っておきます! まだ街自体が残っていればの話ですが」


 言いながら、リシェルさんは窓の外を見る。


 その視線を追うと、遠くに建物が並んでいた。なんか、もくもくと黒煙が立ち昇っているけど。


「まぁ、このシェアハウスが建っている場所は勇者軍と魔王軍の戦いの最前線ですから、戦火から逃げてきた人とかそれなりにいると思いますし。そのうち入居希望者も現れますよ!」


 リシェルさんはひょうひょうと言うも、わたしは気が気でなかった。


 そんな人たちに来てもらったところで、家賃を払ってもらえるとは思えないし。


 冷たいと思われるかもだけど、慈善事業をやる余裕は今のわたしにはない。


「いっそ、ゴン吉さんがその鍵しっぽで新しい住民さんを導いてきてくれると嬉しいんだけど」


「うにゃ?」


 思わずそう口にするも、ゴン吉さんは小首をかしげた。


 猫の鍵しっぽは、幸運を引っ掛けてくる……なんて逸話もあるけど、異世界でも通用するのかな。


「その生き物に勧誘業務はできそうにありませんけど。第一……ぎゃあ!?」


 ……その直後、てしっ、という音がした。


 見ると、空中に浮かんでいたリシェルさんに対し、ゴン吉さんがジャンピング猫パンチを食らわしていた。


「な、なんですかいきなり!? というか、この生き物は何!?」


 リシェルさんは叫ぶように言って、わたしの右肩に乗っかった。


「何って……ゴン吉さんは猫ですけど」


「ネコ……? 初めて見ます。異世界の動物は凶暴ですね」


 こわごわといった様子で、リシェルさんはゴン吉さんを見る。


 彼女はずっと飛び回っていたし、それがゴン吉さんには鳥か虫のように見えていたのかもしれない。狩猟本能を刺激されても仕方のない話だ。


「シャー!」


「しゃー!」


 ゴン吉さん、今度はなぜか威嚇していた。


 リシェルさんも応戦してるし、何この状況。


「と、とにかく! 本日の説明は以上になります! 何かありましたら、こちらまで!」


 直後、我に返ったように言って、リシェルさんは名刺を手渡してきた。


 そこには『シェアハウス管理会社 フェアリー 営業部長:リシェル・ハーロニィ』と書かれていた。この人、部長さんだったんだ。


「それでは、今日のところはこれで失礼します!」


「あっ、あの! ちょっと待ってください!」


 今にも光の中に消えてしまいそうだったので、わたしは慌てて声をかける。


「はいっ?」


「こういうのって普通、料金がかかりますよね。仲介料とか、管理手数料とかいう」


「ああ……よほどのことがない限り、料金はいただきませんよー。家電製品を動かすための魔力供給以外、こちらがやることはありませんし!」


 リシェルさんは人差し指を立てながら言う。


 つまり、妖精たちにとって魔力を供給することは容易いこと……そう受け取っていいのかな。


「何か困ったことがあったらご連絡ください! それでは、失礼しまーす!」


 ……底抜けに明るい声を残して、リシェルさんは姿を消してしまった。


 遊び相手がいなくなり、ゴン吉さんは退屈そうに廊下へ出ていく。


「……はぁ」


 辺りが静かになったと同時に、なんともいえない疲労感が全身を包みこんだ。


「とりあえず、お茶でも飲んで気を落ち着かせよう……」


 わたしはため息まじりに言って、管理人室へと向かったのだった。


 ◇


 おばあちゃんの急須を使って緑茶を入れて、戸棚に入っていた羊羹で糖分補給をする。


 なんともいえない甘さが心地よかった。


 日用品や食材はそれなりの量を買い込んでいるので、すぐに飢えてしまう……なんてことはなさそうで、一安心だった。


 まぁ、ゆくゆくは食料調達に出かけなきゃいけないだろうけど……なんて考えつつ、ぼんやりと窓の外を見る。


 荒れ果てた平原が広がり、ところどころに黒いものが転がっている。あの正体については……あまり考えたくなかった。


「……えぇ!?」


 室内に視線を戻そうとした、その時。


 荒野のど真ん中を、見知った猫がゆうゆうと歩いていた。


「ちょ、ちょっとゴン吉さん、いつの間に外に出たのっ?」


 窓をわずかに開けて声をかけるも、彼はぴょこっと鍵しっぽを動かしただけだった。


 もちろん、戸締まりはきちんとしていたはずだけど……猫用の入口に鍵なんてついていない。うかつだった。


「ゴン吉さーん、戻ってきてー!」


 できるだけ声を張り上げるも、彼が歩みを止める様子は微塵もなかった。


 追いかけて外に飛び出す勇気もなく、わたしはひたすらにゴン吉さんの無事を祈ることしかできなかった。


「……うにゃあ」


 それからしばらくして、間の抜けたような声とともにゴン吉さんが戻ってくる。


「ああ……ゴン吉さん、よくぞ無事で」


 その体を抱きしめた時、ふと気づく。


 あれだけ聞こえていた剣戟音けんげきおんや魔法による爆発音は一切聞こえなくなっていた。


 戦いが終わったのかな……なんて考えた時、シェアハウスの扉がノックされた。


「ひゃい!?」


 突然の出来事に、思わず変な声が出る。


 ややあって、扉が開かれると……そこには漆黒の鎧と血のように赤いマントを身にまとい、大きな二本の角が生えた仮面をつけた人物が立っていた。


「我は魔王ウルスナ。異世界シェアハウスというのはここか」


 そして開口一番、そう言った。

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