第11話 香食

「あいてててて」


 ロクはおむすびのように落とし穴をコロリンと転がり落ちた。

 実際はそんなかわいい擬音ではなかったが。


「あんな見え透いたトラップに引っかかっちまうとは俺も焼きが回ったもんだぜ」


 ロクは愚痴る。

 しかし、同時にこうも思う。


「盗掘者用のトラップがあるっつーことは、やっぱ宝もあるってことだよな」


 でなければトラップを仕掛ける必要がない。


「問題は誰がそんなトラップを仕掛けたか……」


 徳川幕府の手の者か。

 そんなことを考えながら俺は坑道の壁に手をついて立ちあがる。するとズンと壁に手がめり込む感触があった。


「あ?」


 違和感に気づいたのも束の間、ガゴン! と背後から重量感のある音が響いた。

 俺が後ろを振り返ると黒光りする鉄球が鎮座していた。坑道は一本道で鉄球は坑道の幅いっぱいの大きさで逃げ場はない。そして計算されたように鉄球から俺に向かう坑道には傾斜がある。鉄球はゴロゴロと落雷のような音を轟かせて転がりはじめ、着実に勢いを増していった。


「冗談じゃねえぜ!」


 ロクは一も二もなく走り出した。

 コケたら一巻の終わりだ。鉄球に踏み潰されて圧死する。交通事故に遭うようなもんだ。

 ロクはサンダルのまま傾斜を駆け下りていく。トラップの発動ボタンを避ける余裕もなく、次々とトラップを踏み抜いていってしまう。

 今度は目の前の地面から先端を斜め切りにされた竹槍が突き出した。竹槍ではなくタケノコであったらいいとこれほど思ったことはない。

 ロクはハードル走のようにジャンプして竹槍群を飛び越えた。

 するとそこを狙い澄ましたかのように横一線に炎が噴射される。


「次から次へとすげえ仕掛けだな! おい!」


 正直、江戸時代をなめてたぜ。

 平賀源内にでも監修させたんじゃねえだろうな。

 ロクは感心しながら炎噴射をリンボーダンスよろしく上体を反らして避けた。そこへ今度はロクの頭上に刀の雨が降り注ぐ。


「なっ!?」


 顔を逸らして歯で刃を受け止めるロク。刀を吐き出してそして走る。背後からは黒い鉄球が竹槍を割りながら進行していた。鉄球は炎も刀もものともしない。ただ転がるのみ。シンプルかつ最強の罠だった。


「クッソ……!」


 ロクの脚力に黒い鉄球が追いつきかけたところでやっと横道に出くわした。ロクはそこへ決死の思いで飛び込む。鉄球はまっすぐと道を進み、ロクの背後を通り過ぎていった。

 しかし、ロクが一息つく間もなく横道からはコウモリが大量に飛び出してきた。血管の透ける羽にビシバシと頬をしばかれるロク。振り払おうとすると今度はコウモリの糞に足を取られた。コウモリの糞は積雪のように数十センチメートルは降り積もっており、ぬかるみとなっていた。


「踏んだり蹴ったりじゃねえか」


 自嘲気味に笑うしかないロク。


「畜生。このまま行き当たりばったりじゃ命がいくらあっても足りねえぞ」


 何か徳川埋蔵金へ続くヒントはねえか。

 ロクは思考を巡らせる。

 とそこで頭の中にひとつのメロディーが流れてくる。


 かごめ かごめ

 かごのなかのとりは いついつでやる

 よあけのばんに ツルとカメがすべった

 うしろのしょうめん だあれ?


 ロクは思いつきを口にする。


「もしかしてこのカゴの中の鳥っつーのは……炭鉱のカナリアのことじゃねえのか」


 そして日光東照宮の三体の神獣。

 徳川家康の墓を守るようにいた奴らの近くは燭台、香炉、花瓶が設置されていた。


「あの三体の神獣が徳川埋蔵金の在処を示していたとしたら……」


 燭台を咥えていたのはツルだ。このツルが炭鉱のカナリアのことだとすれば合点がいく。だから酸素濃度を測るという意味で燭台を咥えていたのだ。

 なら他はどういう意味があるんだ?

 カメ、獅子、花瓶、香炉。


「花瓶っつってもな、こんな洞窟に花なんて咲いてるわけがねえし……」


 そう呟いたところでロクの嗅覚が働いた。

 比喩ではなく文字どおりの意味で嗅覚に反応があったのだ。


 それは――お香の匂いだった。


「そういうことか」


 ロクはすぐにピンときた。


「匂いだ」


 ヘンゼルとグレーテルではパンくずを食べられてしまうが、匂いならば食べられることはない。空気の流れを計算すれば道しるべになる。とくに坑道内であれば気流を読むことはできる。

 くんくんとロクは鼻を鳴らす。


「このお香の匂い、死んだばあちゃんを思い出すぜ」


 俺は施設育ちだからばあちゃんに会ったことはないが……。

 そんな施設出身ジョークをかましながらお香の匂いを辿って空気の流れを読む。


「あいつらは無事なのかね」


 ロクははぐれてしまった二人を心配する余裕も出てきた。


「花瓶は何のことかはわからねえが今は進むしかねえ」


 自分に言い聞かせながらロクは坑道を進むと、鍾乳洞の大広間に出た。鍾乳洞は高い天井から垂れ下がるものや地面から突き立つものまでさまざまな形態を取っている。しかし、もっとも目を引くものは他にあった。

 それは大広間を所狭しと埋める金銀財宝である。

 そのあまりの輝きぶりにロクは目を細めてしまうほどだった。


 千両箱からこぼれでる金貨が大広間に散乱している。足の踏み場もないほどだ。他にも宝石や首飾り、指輪、ブレスレット、ゴブレット、ナイフとフォーク、箸、大皿、テラコッタランプ、万年筆、地球儀、アストロラーベ、コンパス、獅子舞、ブタの貯金箱、招き猫、かの有名な幕末の志士である坂本龍馬が愛用したS&WモデルNo.2アーミー、そして刀剣や甲冑まである。


 それらのほとんどに黄金の装飾が施されていた。この部屋自体が宝箱のようであり、まるで時間が止まっているようだ。

 部屋の奥には高さ3メートルほどの千手観音像が鎮座していた。関係ないかもしれないが仏様は香りを食べるものらしい。そのことを香食こうじきというとか。ロクがお香を辿ってこの宝物殿に辿り着いたことは偶然ではないのだろう。

 千手観音像はいつくもある手のうちのふたつの手で黒い卵を包み込んでいた。まるで温泉池でゆでたような黒い卵型の宝飾品だ。黒卵にはムカデのような昆虫が巻き付いていた。そのムカデの足は片側それぞれ赤足と青足に分かれていた。


 そちらに気を取られていると、気づけばロクの足下に大量の黒蛇が這い回っていた。サンダルを履いた足に絡みついてくる。咄嗟にロクは飛び退いて蛇を振り払った。

 横目を使うとそこには見知った顔があった。


「……ジャドー」


 たしかそんな名前だったはずだ。

 当然セーラー服にハンガーを引っかけたサルーエンもいる。

 トレジャーハンター組である。


「見ろよ、ジャドー。さすがは黄金の国ジパングだ!」

「それも今や昔の話。日本ヤポーニャは凋落の一途を辿っている」


 ジャドーは冷徹に言い放った。


「核を持たず自衛に特化した軍隊しか持たない。周辺国から侵攻の憂き目に遭うのも時間の問題だろう」

「がはは。ウクライナ侵攻に遭った奴が言うと説得力がちげえな」


 ジャドーの手には卵形のコンパスが握られていた。

 あれが黒乙女の言っていた特殊なコンパスなのだろう。


「だが宝を漁る前に邪魔者を消すか」


 ジャドーは物騒なことを言うと、コンパスの蓋をパタンと閉じた。

 ロクは拳を構えてトレジャーハンター組と対峙する。


「俺のファイトマネーはちと高けえぜ」


 そう言って、ロクは大胆不敵に笑った。

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