第10話 炭鉱のカナリア

「あのトレジャーハンターは何者なんだ」


 ロクが尋ねた。


「さあ? わたくしもよく知りませんわ」

「そんな奴、雇ってんじゃねえよ!」


 正論である。


「ただわたくしの聞くところによるとトレジャーハンター組は特殊なコンパスを持ち歩いているらしいですわ」

「「特殊なコンパス?」」


 あたしとロクは同時に聞き返す。


「卵形のコンパスでなんでも宝の位置を示すとか」

「なんですって? ならあたしたちもうかうかしてらんないじゃない。先に徳川埋蔵金を見つけないと――」


 そう言って、あたしは薄暗い坑道を進もうとすると何かにつまずいて転んだ。


「あいててて」


 あたしはヘッドライトを点灯しながらつまずいた原因を拾い上げる。

 なんとそれは真っ白な頭蓋骨だった。眼窩に穴が空いており歯の一本一本の根元まで視認できる。


「きゃひい!」


 反射的にあたしは頭蓋骨を放り投げた。カランコロンとしゃれこうべが湿った坑道を転がる。ヘッドライトで追いかけて照らすと持ち主と思われる白骨死体も見つかった。衣服はボロボロに風化している。おそらく坑道に迷い込んでしまって出られなくなってしまった人物なのだろう。


 そこであたしは初めてとんでもないヤマに首を突っ込んでしまったのだと自覚した。


 その場の誰もが声を発せずにいると、どこからともなく声が聞こえる。


「かごめ~かごめ~」


 なんとそれはわらべ唄の『かごめかごめ』だった。

 こんなところで町内放送があるわけないのにどうして……。

 黒乙女がふざけて歌っているのかと思ったがどうやら違うらしい。

 そのわらべ唄の声の主はトロッコの中にいた。

 鳥カゴの中に囚われていた黄色い小鳥である。その鳥カゴは一風変わっており鉄製の外枠に透明なガラスの窓がはめ殺しとなっている。さらに空気を取り込む用の穴の空いた面もあり、そっちには蓋がついていた。


「このインコってトレジャーハンターの……」


 おそらく爆風で飛ばされてこっちのトロッコに入ってしまったらしい。


「こりゃインコじゃなくてカナリアだぜ」


 ロクは鳥類学者のように訂正した。


「にしても喋るカナリアなんて珍しいけどな」

「み、み、み」


 さっそくカナリアが人語をさえずる。


「みんな、死んじゃえ」

「…………」


 その場の全員が押し黙った。


「カナカナカナカナ」


 カナリアはヒグラシのように不気味にせせら笑っていた。

 そんななか黒乙女が一句詠む。


「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

「それは織田信長ね」


 あたしは軽快に訂正した。

 ちなみに徳川家康は、


 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス


 である。


「だからホトトギスじゃなくてカナリアだけどな」


 ロクはオウムのように繰り返した。


「てかさ、この子だいじょうぶな鳥なわけ? 厳重なカゴに入ってるけど……」


 鳥インフルエンザみたいな感染症を媒介しているのでは?

 あたしはずっと気になっていたことが口をついて出てしまった。


「炭鉱のカナリアって知らねえのか?」

「はい?」


 あたしが首をかしげるとロクは説明する。


「これは酸素ボンベと結合した鳥カゴだ。坑道内に一酸化炭素中毒などの有毒ガスが発生した場合、人間よりもカナリアにいち早く影響が出る。それを利用して有毒ガス探知機にしようって魂胆だ」

「昔の人は変なことを考えつきますね」

「まあな。そんでカナリアが弱ったらその鳥カゴの蓋閉じて酸素ボンベから酸素を供給するんだ。それでカナリアは一命を取り留める」


 一般的な鳥カゴとは似ても似つかない実験室のようなケージである。


「ちょっとかわいそう」

「だから今じゃ使われねえ手法だけどな」


 ロクはあっけらかんと言った。

 するとカナリアはまた歌い出した。


「ドはドクロのド、レは練炭のレ、ミは眠剤のミ、ファはファッ○のファー、ソは茶色いクソ~、ラはラリってる~、シはシカバネよ~、さあ歌いましょう~」

「このトリ公、焼き鳥にしちゃいましょうか」

「いや、まだ利用価値はある」


 ピキる黒乙女をロクが制した。

 このカナリアは有毒ガスを吸っては酸素ボンベで蘇生されてきたのだろう。

 もしかしたら死の淵から復活することでスーパーサイヤ人のようなカナリアになってしまったのかもしれない。


「何にしてもここで立ち往生しててもしょうがないしね」


 戻って救助を待つか、進んで徳川埋蔵金を探すか。

 安全策か、リスクを取るか。


「当然、進むに決まってるわ!」


 黒乙女は無責任にもそう言い放った。

 たしかにトレジャーハンター組は徳川埋蔵金を探しているはずだ。

 しかし命あっての物種でもある。

 あたしの父親もよくそう言っていた。


「安全第一」


 しかし、今このときそう言ったのはあたしの父親ではなかった。

 意外にもロクだった。


「死んじまったら元も子もねえしな。宝探しは一日にしてならずだ」


 ロクの後押しもあってあたしの腹が決まったところで奥の坑道内に薄ぼんやりと淡い光が見えた。ヒカリゴケではない。


「なにあれ……?」


 あたしは目を凝らして見る。

 よく見てみるとそれは光る足跡だった。それも蹄型である。


 有蹄類? こんな忘れ去られた前時代の坑道に?


 しかしこんな洞窟内で有蹄類が生き延びられるはずがない。だとすれば近くに出口に続く道があるのかもしれない。あたしは不思議な魔力に導かれるようにして光る足跡を追いかけた。

 するとそこで坑道内に声が響き渡る。


「キンコ、あぶねえ!」


 そんな声が聞こえた瞬間、あたしは突き飛ばされていた。顔を上げると地面にぽっかりと穴が空いていた。

 自然にできたものではなく人工的な穴だ。

 いわゆる落とし穴である。

 そこにあたしをかばってロクが落ちていってしまった。


「うおおおおおおおお!」

「ロクさん!」


 あたしは落とし穴に身を乗り出すが暗くて何も見えなかった。野太い叫び声が徐々に遠ざかっていく。

 おそらくこの落とし穴は盗掘者用のトラップなのだろう。似たような罠が坑道のそこかしこに仕掛けられているのだとしたら元来た道を戻るのも一苦労である。

 ものの見事に分断されてしまった。

 そんななかであたしはロクの無事を祈ることしかできなかった。


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