第二章 重機女子
第7話 日光東照宮
5月5日。
来たるべきゴールデンウィーク。
宝さがし当日。
妹たちはレンの友達のユウキくん家に預けた。うちの父親が入院していることは周知の事実なのでユウキくんママはすんなり引き取ってくれた。
さすがに徳川埋蔵金を探しに行くんですとは言えなかった。ついに気が触れたと思われるだろう。
こどもの日なのに鯉のぼりのひとつも一緒に揚げられず、レンとスズには申し訳ない。
「お姉ちゃん、徳川埋蔵金をゼッタイ持って帰るから待っててね」
そして福崎組の傾いた経営を立て直すのだ。
というわけで現在、あたしはとある神社の参道を歩いていた。しかし、ここは例の九十九神社ではない。当然アマネコもいない。
ならばどこの神社なのかといえば、ここは日光東照宮である。
なぜ日光東照宮に来たのかといえば、何を隠そうここは徳川家康公を祀っている神社だからである。埋蔵金のヒントになるものがあるかもしれないし、安全祈願も兼ねて立ち寄った次第である。
そんなあたしの隣でうまい棒をかじりながら歩くロク。
「旅行気分か!」
あたしはついツッコんでしまった。
「てゆーか神社の境内で立ち食いは……」
「堅えこと言うなよ。あずきバーじゃねえんだから」
ロクは涼しげに軽口を叩いた。
「そもそも日光東照宮に立ち寄る必要があったのかね」
「いいじゃないですか、せっかくだし。この神社は徳川家康ゆかりの地ですし、安全祈願も兼ねてさ」
「へえ。で、本当は?」
「観光したかったんです、はい……」
「やっぱり私情じゃねえか」
ぶっちゃけ安全祈願ならば九十九神社でもできるしね。
今頃アマネコが嫉妬しているかもしれない。
「家康の墓参りなんざ、別にしたくねえんだがな……」
そんな不満をのたまうロクとともに家康公の墓所である奥社宝塔に向かう。東回廊門の上には白黒ぶちの眠り猫が鎮座していた。これは
それは一重の屋根のある塔だった。石製の敷居で囲まれている。
けしてピラミッドや古墳を期待してはいけない。
わかっていたことだがなんだか拍子抜けだ。
そんな失礼なことを考えていたからなのか、そこであたしはもっとも会いたくない人物と出くわした。
何の因果か出くわしてしまった。
黒髪ストレートをなびかせるそいつは先制攻撃のような挨拶をしてきた。
「あら奇遇ね」
「あんたは……黒乙女冷夏」
黒を基調としたゴスロリ姿の黒乙女。どうやらそれが私服らしい。神社に不似合いだったがそんなことを言える間柄でもない。
不意を突かれたあたしはそれ以上の言葉が続かず目を丸めることしかできない。
それを不審に思ったロクが駄菓子を食べながら問う。
「なんだ、キンギョの知り合いか?」
「いちおうね」
知り合いどころか因縁の相手である。
いや、あたしがというよりは向こうから因縁をつけられているのだ。
「それとキンギョじゃなくてキンコだからね」
びっくりしすぎて訂正が遅れてしまった。
「ずいぶんとその殿方と仲がよろしいんですね、福崎金呼。いやらしいですわ」
「別にそういうんじゃないし」
あたしは下衆の勘繰りを否定すると、続けて黒乙女は衝撃の発言をする。
「ふうん。ならもしかしてあなたたち、徳川埋蔵金でも探しに来たのかしら?」
「……なぜ、それを」
あたしは鳩が豆鉄砲を食ったようなリアクションを取ってしまった。
「あら図星?」
しまった。
当てずっぽうだったのか。
は、恥ずかしい。
一転、あたしは赤面してしまう。
いい歳して埋蔵金探しだなんて。ゴールデンウィーク返上してまでやることか。
てっきり黒乙女のことなので一笑に付されると思っていた。
しかし、彼女はあたしの予想を華麗に裏切った。
「これまた偶然ね。わたくしたちもこれから探すの――徳川埋蔵金を」
「なんですって……」
こんな偶然あるはずがない。
ならば可能性はひとつだ。
おそらく、どこかから情報が漏れている。
ロクを見やるとアホ面を浮かべてあたしの顔を見返す。同じことを思ってあたしを疑っているのだろう。
正直どこから情報が漏れていても不思議ではない。
心当たりがあるとすれば、あたしとロクが出会った日、黒乙女もあの九十九神社にいたのでは?
あのとき視線を感じたのは気のせいではなく、盗み聞きされていたのかもしれない。
加えて日程まで被せてくるということはあたしの家も監視盗聴されていた可能性がある。
黒乙女冷夏……恐ろしい娘。
しかし、黒乙女からすれば徳川埋蔵金の真偽などどうでもいいのだろう。
ただあたしに嫌がらせをしたいだけで。
黒乙女は口元を歪ませながら変な噂を吹き込む。
「ご存じかしら? 実は徳川埋蔵金には呪いがあるの」
「呪い?」
それを聞いてあたしはロクを睨みつける。
「ロクさん、ちょっと聞いてないんですけど?」
「あー? 言ってなかったか?」
確信犯である。
「なに知らないでここまで来たの? 滑稽だわ」
黒乙女は上機嫌だった。
「なら、ついでに教えてあげる。徳川の呪いとは埋蔵金を探していた発掘作業員が不慮の事故に遭ったり、作業当日に台風が直撃して埋蔵金探しどころではなくなったり、ね。地震が起こって現場監督が生き埋めになったりもしたらしいわ」
「そんなの単なる偶然、ただの迷信じゃん」
「そうかしら? 徳川の呪いは物理的には作用しなくとも人間の心には巣喰うのではなくて?」
「は? 何が言いたいわけ?」
「いえね、仮に不慮の事故が起こったとして、果たしてそれは本当に事故なのかしらってことよ」
あたしは一瞬、黒い感情がよぎる。
黒乙女の言いたいことがわかってしまう。わかりたくないのに。
「たとえば宝の分け前を少しでも多くするために同僚の背中を押してしまう、とか? なーんちゃってね」
「そんなリスクとリターンの計算もできない馬鹿に徳川埋蔵金が見つけられるはずがない」
「ふうん。四則演算はできるようですわね」
「そんくらいできるわ!」
自慢じゃないがあたしは損得勘定は得意だ。
しかし、宝に魅了されて我を見失ってしまうケースはあり得る。
特に極限状態の環境下では冷静な判断ができなくなってしまうかもしれない。
続けて黒乙女は都市伝説を披露する。
「
「そんな眉唾を信じるとでも?」
「うふふ。いいからお聞きなさいな。その証左としてあれを見てご覧なさい」
そう言って黒乙女は家康公の奥社宝塔を指差した。
いや、正確には墓前だ。宝塔の眼前には三具足のオブジェが鎮座している。三具足とは仏教の儀式で使う燭台、花瓶、香炉のことである。加えて三体の神獣もいた。それは鶴、亀、獅子だ。亀の甲羅の上に鶴が乗っており、そのクチバシには燭台が咥えられている。獅子は香炉の上に番犬のように行儀よくお座りしている。花瓶はひとりポツネンと置かれていた。
「では、ここでクエスチョンですわ」
「ミステリーハンター気取んなっつの」
あたしの悪態を無視して黒乙女は続ける。
「『かごめかごめ』に登場する動物は何でしょう?」
「そんなの……」
鶴と亀だ。あと鳥もいる。
「つまりはそういうこと。どうやらこの三具足と三体の神獣が徳川埋蔵金に関わっているとかいないとか……おっと、これ以上は言えませんわ」
わざとらしく口に手を当てる黒乙女。
あたしは癪に障ったのですこしつついてみる。
「でもさ、『かごめかごめ』に獅子は登場しないでしょ?」
「うふふ。リスのような脳味噌でよく憶えていましたね」
バカにすんなっつの。
「当然そのことにわたくしも思い至りましたが、重要なのは逆転の発想です。要するにその獅子こそが鍵なのかもしれません」
「はあ、結局なにもわかってないんじゃない」
ひととおり聞いてやったが、正直「だからなんだ」という感想しか湧かない。どうせ腹黒お嬢様のことなのであたしにノイズを与えたかったに過ぎないのだろう。
これ以上お嬢様の気まぐれに付き合ってやる筋合いはない。
そう思ってあたしが踵を返そうとしたとき黒い陰がヌッと動く。
「ところでロクエモンさん、ちょっと地図を見せてくださる?」
ロクは名乗っていないはずなのに当然のように黒乙女は名前を知っている。
やはり事前に調べているな。
「別にいいが」
「ありがとう」
黒乙女はロクにお礼を言い、広げられた地図の写真をカシャッと撮影する。
「――って、何やってんの!」
あたしは目の前の凶行を看過できない。
てっきり日光東照宮のパンフレットマップを見せているかと思ったらアマネコから授かった宝の地図を見せてやがった。
しかし当の本人のロクはことの重大さに気づいていない様子。
「え? だってこいつ情報くれたし……」
「ほんとバカ!」
ちょっとは見ざる言わざる聞かざるを見ならって欲しい。
これであたしたちのアドバンテージはなくなった。黒乙女のキモい情報と引き換えに。
かごめかごめと徳川の呪い。
燭台、花瓶、香炉の三具足。
鶴、亀、獅子の三体の神獣。
それらが宝の在処に繋がっているとは到底思えない。
「うふふ。では早い者勝ちということですわね」
黒乙女は勝ち誇ったような顔だった。
宝の地図を持っていることも筒抜けだったのだ。それでも詳細な場所までは知られていなかったのにバレてしまった。
「実は超一流のトレジャーハンタ―に依頼してるの」
「どうせ金に物言わせたんでしょ」
「お金は物言わぬものですよ」
黒乙女は韜晦するように言った。
「せいぜい邪魔にならないようダンゴムシのごとく丸まっておくことね」
黒乙女は言いたいことを言ったのかその場から立ち去ろうとした。
まさにそのとき一陣の風が吹き、ロクの手からうまい棒の袋がするりと落ちた。黒乙女のおでこ靴の下に滑り込む。それを気づかず踏んづけた黒乙女はズリッと滑り、すってんころりんと尻もちをついてしまった。赤面して立ちあがりながら黒乙女は肩で息をする。
「はあはあ……やってくれたわね、福崎金呼」
「いや、今のあたし関係ないし……」
「憶えておきなさい。あなたの墓前に高級ワインを注いで昆虫トラップにしてやるんだから!」
「なにその新手の嫌がらせ!?」
そんな捨て台詞を吐いて、今度こそ黒乙女は家康公の奥社宝塔をあとにした。あたしたちに背を向けたままスマホを耳に当てどこかに連絡を取っていた。おそらく宝の地図の座標にチームを派遣しているのだろう。
するとロクはうまい棒の袋のゴミを拾い上げながら言う。
「さっきはああ言ったが降りるなら降りてもいいぜ、キンギョ」
「だからキンギョじゃなくてキンコ」
あたしが訂正するとロクは真面目なトーンで続ける。
「徳川の呪い云々はともかく危険が付きまとうことは確実だ。おまえの帰りを待っている大切な家族もいることだしな」
「ロクさん……」
ロクのこういうたまに見せる人間味が憎い。
「今さらでしょ。ここまできて引き下がれるかっての」
「俺が裏切るとか考えねえのか」
「あんたがあたしを裏切ったらこれをSNS上にアップしてやる」
あたしはロクにスマホ画面を見せた。それは九十九神社で撮ったロクの全裸の写真と動画である。
「いつの間に」
ロクはこめかみを押さえた。
「ったく、なんちゅう女だ。やっぱりヤクザじゃねえか」
「仲間にしたことを後悔した?」
あたしがそう問うとロクは失笑を漏らした。
「いや、これくらいの奴じゃねえと埋蔵金なんざ見つけらんねえだろ」
「褒めてるの、それ?」
あたしは苦笑を返した。
「そんじゃあ、えっちらおっちら徳川埋蔵金を見つけに行くか」
「はい。ロクさん」
そうしてあたしとロクは奥社を抜けて歩き出す。
緊張と期待を胸に。
宝の地図を開いて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます