第3話 初めてのお泊りと大きな一歩

 桔梗が風呂から上がってから、二人はお互いの髪をドライヤーで乾かし合っていた。ツツジの背後に桔梗が座って丁寧にツツジの髪を乾かしている。

 「ツツジちゃん、熱かったり痒かったりするところない…?」(ツツジちゃんの髪綺麗だなぁ…枝毛も見当たらないし吸い込まれるようで艶のある黒…墨染の絹糸みたい…シャンプー同じの使ったはずなのにめっちゃいい匂いする…。)

 「ん~?全然大丈夫~むしろ桔梗くん上手だから気持ちいいよ~。」

 目を細めながらツツジが返す。しばらくドライヤーの熱風を当てた後は、ツツジが桔梗の髪を乾かす番になった。やや長めの桔梗の髪をツツジの白く、細い指が撫でるように動きながら丁寧に桔梗の髪に風を当てていった。ふと、ドライヤーを当てながらツツジが口を開いた。

 「桔梗くんって髪質すごくよくない?若干癖が入りつつもストレート寄りでツヤッツヤの綺麗な黒髪だし。」

 「そ、そう…?ありがとう。ツツジちゃんの髪もすごくきれいだよね…。なんていうか…丁寧に墨染にされた絹糸みたいな…。」

 桔梗がこういうと、ツツジはクスリと笑いながら「ありがと」と返した。

 互いの髪が乾くと、座卓を囲って、コンビニで買ってきた総菜などを並べ始めた。桔梗の家は、コンロやシンクがひとつなぎになっており、その真横に中型の冷蔵庫がおいてある。そのため座卓から酒などをとるために一度立つ必要があった。

 「ツツジちゃん、今日は何から飲む…?一応ジュースとかもあるけど…。」

 「う~ん…ジュースは後で酔い覚まし用に欲しいかな。桔梗君は何から飲むの?」

 少し考えた後、ツツジは桔梗にも問いかけた。桔梗は、開いた冷蔵庫の中から、よく飲んでいるアルコール度数7%ぐらいの缶チューハイを取り出して、「これにしようかな」と言いながらツツジに見せた。

 「おお~最初からなかなか強いねぇ!じゃあ私、コンビニで買ってきたレモンのチューハイ飲む!」

 ツツジの発言を受けて、桔梗は冷蔵庫の中を軽く見まわしてそれらしい缶を見つけた。取り出してツツジに見せながら「これ?」と聞くと、ツツジは元気よく「それそれ!ありがと!」と答えた。そして、桔梗は自分の分とツツジの分の酒の缶をもって卓についた。二人して向かい合う形で座り手を合わせた。ツツジが声に出して「いただきます」を言うのに合わせるかのように桔梗も「いただきます」と控えめにいう。それから二人して缶のプルタブを開けた。プシュッっと爽快な音がしてからツツジが音頭をとるかのように言った。

 「桔梗くん。今日は突然だったのに運転してくれて、お泊りもOKしてくれてありがとうね!明日も、今日この後もいっぱい遊ぼうね!かんぱ~い!!」

 「う、うん…明日もいっぱい遊ぼう…乾杯…!」

 二人の持つ缶の淵と淵がコンと音を立てて当てられる。それからすぐに二人は缶に口をつけるが、口をつけて2・3回ほど喉を動かすのみのツツジに対して、桔梗はなかなか口を離さず、缶の中の3分の2ほどを飲んでからようやく口を離した。

 そんな細かいことにツツジは気付かず、自分のメインディッシュとして購入したコンビニの親子丼に箸をつけ始めていた。桔梗も一度酒を置いてから、自身もツツジに合わせて買った自分の親子丼に手を付けた。

 それからしばらく、二人は談笑しながら食事と飲酒を楽しんだ。そして桔梗が1本目の酒を飲み終わり、少し度数の高い瓶に入っている酒を取り出してきて席に着いてから事件は起きた。

 「桔梗くん。もう二本目?早くない?」

 「え…?そうかな…?いっつも一人で飲むときこんなんだからあんまり考えたことないかも…。早いのかな…?」

 答えながらも桔梗は躊躇いなく酒のキャップを開ける。先ほど飲んでいたものと違い、今度は度数13%ほどと、さらに強いものとなっている。

 「しかもそのお酒って結構度数強い奴じゃないっけ?」

 「うん…だいたい13%ぐらいだね…チューハイとかよりかは強めかな…。僕は結構好きで飲んでるんだけど…。」

 そういいながら、桔梗は開けたばかりの酒瓶に口をつけて少し口に含んだ。桔梗の口の中には一瞬にしてスモモの風味とアルコール特有の香り、そして度数が高めの酒を冷やしたとき特有の少しトロリとした感触が広がった。それを見ていたツツジが興味を持ったかのように、「一口飲んでみてもいい…?」と遠慮がちに尋ねた。桔梗は、瓶から口を離して、「もちろんいいよ…」と快諾した。瓶をそのまま手渡すと、ツツジはなかなかに勢いよく瓶に口をつけて酒を口に含んだ。最初は特に変化がなかったが、口に酒を含んで、喉に通す過程でどんどんツツジの眉間にしわが寄っていった。

 「あんまりおいしくなかった…?」

 桔梗が尋ねると、ツツジは首を横に振って、顔をしかめたまま喉を鳴らし、酒瓶を桔梗の方に返却しながらようやく口を開いた。

 「おいしくないことはないんだけど…味よりも先にアルコールが強くて喉焼けそう…。」

 珍しくツツジがしおれたように元気のない声音で答えた。桔梗はそんなツツジの様子を面白がりつつ酒瓶を受け取った。

 「まぁこの度数、普段から飲むぐらいじゃないとなかなかなれ慣れないよね…。僕も最初そんなに好きではなかったし…」

 そう言いつつも、桔梗はまたしても酒瓶に口をつけ、喉を鳴らしながら酒を胃に流しいれた。ツツジはというと、口直しをするかのように、自分の缶チューハイを飲みなおした。

 それからまた少し時間がたった。二人が手を付けていたメインの丼物は空になり、酒とつまみになるサイドメニューを楽しんでいた。そんな中で、少し酔いの回ってきたらしい口調のツツジが口を開いた。それまで、そこまで赤くなかった頬が朱に染まっている。

 「ところで…さ。桔梗くん…。さっき桔梗くんがお風呂に入っているときにお布団の中からたまたま発掘しちゃったんだけど…。」

 「え…?」(待って…布団の中って確かツツジちゃんがお風呂入ってる間にアレを隠したよね…?もしかしてバレた…?いやけどなんでバレた!?そもそもなんで布団の中探った…!?」

 ツツジの発言から桔梗は最悪の展開を想像しつつ、そんなことはあり得ない、あってほしくないと考えたが、現実は非情だった。

 「その…お布団の中から…新品の…コンドームが…出てきたんだけど…//」

 ツツジの顔が熟したトマトのようにさらに真っ赤に染まっていく。目線も桔梗を直視することができないのかどんどん下を向いていく。

 「箱とかもきれいな状態だったし多分買ったの今日のコンビニとか…だよね…?もしかしてその…シたいの…?」

 真っ赤な顔で目を伏せ得ながらシャツの裾をギューッとつかんで絞り出すようにツツジが言った。桔梗は、血の気が引いた後に今度はまたしても恥ずかしさが込み上げてきて茹蛸となった。

 「いや…その…あれは、えっと………はい…ツツジちゃんと…その…シたいと思って買いました…。」

 桔梗も目を伏せた後、しばらくの沈黙が続いた。それからツツジがぽつりと「よかったぁ…」とつぶやいた。意味がよくわからなかった桔梗が目線を上げると涙目になったツツジが桔梗を見つめていた。

 「桔梗くん全然私に触れようとしてくれないし…告白してくれた時ぐらいしか好きだよとか言ってくれなくなったし…カップルって3か月とかを境に冷めるところも多いって聞いたからほんとは最近ずっと心配で…。」

 酔いが回ってきたのもあってか、ツツジは内に秘めていた不安を吐露し始めた。桔梗は、付き合ってからの数か月の行いを反芻する。確かに今日のように、自分の心の中で思うばかりで、ツツジに直接気持ちを伝えたことはほとんど皆無だった。気づけば、ツツジの目から大粒の涙が流れていた。

 「ご、ごめんね…ツツジちゃん…そんなに思い詰めてると思ってなくて…ほんとは僕もずっと手繋ぎたいと思ってたし…あんまり口に出せなかったのはただ恥ずかっただけで…ツツジちゃんのことは今でもちゃんと大好きだし、付き合う前よりもさらに好きになってるよ…。」

 不器用なのは自分でもわかっていたが、それでも桔梗の気持ちが伝わったのか、ツツジは頷いて「ありがとう」と言った後徐々に泣き止んだ。だが今度は、座っている位置から這うようにして対面に座る桔梗の方に進み出てくると、今度は眼光が鋭くなっており、そのまま桔梗の両肩を強めに掴んだ。桔梗が理解が追い付かないでいると、そのままツツジは桔梗の方を昼間の車内でのように揺らしながら言った。

 「日ごろからちゃんと思ってくれてるなら言ってよ~!!私がこの数日間どんだけ不安だったと思ってんの~!!」

 ガクガクと揺らされながら桔梗は「ごめんごめん」と謝り続けることになった。しばらくすると少し疲れたのかツツジが揺らすのをやめた。

 「許してくれる…?ツツジちゃん」

 「…ごはん片付けた後に今までの分イチャイチャしてくれるなら許す…。」

 肩から手を放しながらツツジが言う。それを聞いた桔梗は「おっけー。じゃあすぐに片づけよ。」と言って立ち上がった。飲み終わった空き缶と総菜容器のごみを片付けて、二人は台所に隣接した桔梗の趣味用の部屋に入った。趣味部屋には桔梗好みの漫画とゲーム機、それに繋ぐ小さめのテレビ等がおいてあり、私服などを収納する衣装ケースが押し入れに入れてあった。新しく開けた酒を部屋のテーブルにおいて、二人は横並びに座った。

 「えっと…ツツジちゃん…ところでイ、イチャイチャって具体的に何をすれば…?」

 「う、う~ん…私もなんだかんだ勢いで言っちゃったとこあるけど…やっぱりまずはこれからでしょ!」

 そういうと、ツツジは自身の左手を桔梗の右手に指を絡ませるように重ねた。桔

梗も最初はビクッとして一瞬手を引きそうになったが、すぐにツツジの手を握り返した。互いの手から伝わる体温が溶け合って、同じくらいの温度になろうかとなったころ、ようやくツツジが次の言葉をつづけた。

 「なんだか…これだけでもドキドキするかも…//」

 「う、うん…けど今まで僕がビビってたせいでできなかったことができて夢みたいだよ…//」

 そこからまた更に時間が過ぎた。しばらくして、ツツジが手を放してから開けてあった追加の酒をグビッと煽った。それに合わせて桔梗も喉を鳴らしながら新たな酒を胃に流し込んだ。

 「じゃぁ…次はやっぱりこれ…かな…?//」

 ツツジが体ごと桔梗の方を向いて、大きく両腕を広げた。

 「えっと…ツツジちゃん…そのポーズはもしかして…?//」

 桔梗のセリフに、ツツジは首を縦に振りながら答えた。

 「うん、やっぱりハグでしょ…!ほら…ぎゅーしよ…?//」

 少しためらいながらも、桔梗はツツジの腕に吸い込まれるようにして体を重ねた。それから、二人は広げた腕を閉じて、互いの背中を抱きしめた。

 「桔梗くん…いいにおいする…初めてのハグなのに、緊張よりも安心感がすごい…。」

 ツツジの目がとろんと溶けていくように力を失っていく。目を閉じて、全身で感じる桔梗の体温に身を任せていた。一方の桔梗はというと…

 (ツツジちゃんの体温あったか!?すごく気持ちがいい絶妙な温度で抱き枕にしたい…。しかも安心感がする一方でツツジちゃんの心臓の音が伝わってきて自分がツツジちゃんの一部になれたみたいな感じで多幸感がやばい…。あと僕の胸の部分に、ツツジちゃんのでっかいお〇ぱいがあったってるせいもあってやっぱりちょっと落ち着かないかも…てかヤバイ…さっきお風呂場で抜いたばっかりなのにちょっと勃ってきたかも…!?)

 愛おしい恋人との触れ合いに、またしても桔梗の愚息が大きくなった。いつの間にか抱擁のうちに胡坐をかいて座っている桔梗の膝の上に載ってきていたツツジもそれに気づいたようだった。

 「あの…桔梗くん…//なんか私のお股のところに固いものが当たってるんだけど…//」

 「えっと…その…ごめん…これはその…体が勝手に…。」

 桔梗の言葉に、ツツジは首を横に振ってからもう一度強く抱き着きながら口を開いた。

 「謝んなくていいよぉ…だって桔梗くん、私のこと女の子としてちゃんと意識してくれてるから固くしてくれてるんだよね…?お昼まで心配だったから、ちゃんと意識してくれるのが分かってうれしいんだよ?」

 そういいながら、ツツジは左手を桔梗の愚息に伸ばした。触れられた桔梗は一瞬びくっとして、「ツ、ツツジちゃん!?」と思わず口を開く。そして、思わず期待してしまった。

 「でも…ごめんね桔梗くん。今日はまだえっちはお預けにさせてほしいな…。桔梗くんのことは間違いなく大好きなんだけど。やっぱり今日初めてやっとぎゅーできたレベルだし…もう少し心の準備がしたいなって…。」

 桔梗としては、少しだけ内心がっかりしてしまったものがあったが、ツツジの言うことも当然理解できたし、自分自身もまだ心の準備ができてないなと感じていたため、「うん、そうしよう」といった。ツツジも「ありがと、桔梗くん」と言って笑い合った。

 そのまま二人は、桔梗の胡坐の上にツツジが座り抱き合った状態で過ごした。そして、おもむろにまたツツジが口を開いた。顔を赤らめたままながら、瞳には決意が宿っていた。

 「えっちはまだできないけど…これくらいならさすがにしてもいいよね桔梗くん!」

 そういって、ツツジは桔梗の後頭部に右手を回したかと思うと、自分の方に来るように力を入れてグイと引き寄せた。

 「え、ツツジちゃん!ちょま…!?~~~~~~ッ!?」

 気が付けば二人の唇はがっつり重なっていた。手から、体から、そして唇から、互いの体温が伝わってきた。二人の顔がみるみる赤くなりながら、熱を帯びてくる。桔梗は声にならぬ声を出しながら同様でバタバタとしていたが、ツツジは逃がさんとばかりに桔梗の頭をホールドし、思いっきりくっつけた唇も吸い付くようにして離すことを許さなかった。

 先ほどとは逆で、桔梗の目が溶けていき、ツツジを抱きしめていた腕もダランと力を失っていった。そこまでしてようやくツツジの唇が桔梗の唇から離された。

 「えへへ…//今日一日で、いっぱい進んじゃったね!私たち!」

 いたずらっぽく笑いながらツツジは自らの唇の端を舌でぺろりと舐めた。そのしぐさとセリフに、桔梗の心はまた乱されるのであった。

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