メンヘラ(?)彼氏でごめんなさい!
刀丸一之進
第1話 ある日のメンヘラ(?)彼氏
夏の近づきを感じさせる暑さが顔をのぞかせる6月の昼下がり、珍しく梅雨の雨はナリを潜めており、からりと晴れた青空が広がっていた。とある4年制大学近くのコンビニの店先で、一組の男女が棒アイスに舌鼓を打っていた。男の方は宵野桔梗、この4年制大学に通う2年生で、少し高めの身長と細身の体が目を引く男で、少し伸びた黒髪から除く顔も十人並みといったところだろうか。とびぬけたイケメンという顔ではないが、素朴な雰囲気で優し気な雰囲気をその表情から感じさせた。そして女の方は、同じ大学に通う、同じく2年生の民原ツツジである。桔梗とは真逆で、成人女性にしては小柄な身長と、一見不釣り合いな大きな胸部が周りの目を引く感じだった。ただ、きれいに手入れされた黒髪のショートボブから除いている童顔で愛らしい印象の表情には、桔梗と似た優し気な雰囲気が漂っており、なんとなく二人の周りには友達が集まってきそうなことを連想させた。
さて、そんな二人は学校の昼休みの時間に昼食をとった後、ツツジの提案で食後のデザートを食べにコンビニに来ていた。それぞれ、スイカモチーフの棒アイスとラムネ味の棒アイスを購入し談笑しながらほおばっている現在であった。ふとおもむろにツツジがアイスを齧りながら桔梗に話しかける。
「桔梗くん、今日もそのスイカアイス?好きだよねぇそれ!」
「うん、このアイス好きなんだけどいっつも夏にしかなかなかお店に並ばないから毎年夏は基本こればっかりなんだ~。」(ツツジちゃん今日もかわいい…。ちっちゃい口でアイスほおばってるの可愛すぎる…写真撮りたい、というかアイス食べながら手つなぎたい…けど今手つないだらたぶん手汗で気持ち悪い思いさせちゃうよね…いやでも授業始まったらもっと手つなぐのムリゲーだよね…でもほんとは常に手つないどきたいよぉ…)
満面の笑みで話すツツジに対して桔梗ははにかむような笑顔で返したが、その心の中にある感情をツツジにはバレないように実は必死であった。もちろん気づいていないツツジは無邪気に続ける。
「ねぇねぇ桔梗くん、桔梗君のアイス一口頂戴?私の一口あげるから!」
「え、あ、う、うんいいよ…」(か、間接キス!?い、いいのかな…いやけどツツジちゃんの提案だし…正直間接キスとか憧れてはいたし…僕のあげる分にはいいけど、ツツジちゃんのまでもらうなんて一回づつ間接キスできちゃうじゃん!?というかそのことにおそらく気づかずにこんな提案してニッコニコのツツジちゃんが可愛すぎるんだけど!)
内心かなり喧しくなりつつも平静を装い「はいどうぞ」と言ってツツジにアイスの先を差し出した。「やった~ありがと!」と元気よく言って差し出されたアイスにツツジは嚙みついた後、数度の咀嚼のうち「うまぁ~」と言って幸せそうにまた笑った。
「じゃあ次は桔梗くんの番ね!はいどうぞ!」
そう言ってツツジが腕を伸ばして桔梗の顔の前にアイスを突き出した。「あ、ありがとう」と言って桔梗は控えめにアイスを齧った。きめの細かい外側のアイスの中にかき氷のような粗目のアイスが入っており、先ほどまで触れていたツツジの口の熱で溶け液体になったアイスの部分の三か所が桔梗のアイスに入り、冷たさに合わせて、いつものアイスよりも甘いように桔梗の口には感じられた。
余韻に浸りながら各々のアイスを食べ進めていると、二人のスマホがほぼ同時に振動した。先にスマホを取り出して画面を見たツツジが「え~!」と残念そうとも驚きともとれる声を上げた。
「どうしたのツツジちゃん?」(素っ頓狂な声上げちゃうツツジちゃんもかわいい)
「次一緒に取ってる講義、教授が急に会議が入っちゃって後日オンラインにするから休講だって…。ちょっとメンドクサイ…。」
桔梗もスマホを確認すると、確かに休講を伝えるメールが届いており、二人そろってため息をついた。ひとしきり休講に対して愚痴ったあと、ツツジがおもむろに口を開いた。
「う~ん…どうしよう…今日残りあの講義だけだったし、バイトもサークルも予定ないし…暇になっちゃった!かといっても今から電車で家まで帰るのもなんか損した気分だし…」
「そうだね…僕もこの後何も予定ないし、なんか僕もこのまま帰るの損した気分かも…」(だってこのまま帰ったらツツジちゃんといる時間短くなっただけで一日が終わっちゃうからね)
そうしてまた二人で考え込むと、ツツジが「閃いた!」という顔をして桔梗に向き直った。
「ねぇ桔梗くん!よかったらドライブ連れてってよ!で、そのままデートしよ!」
予想していなかったのか、桔梗は一瞬面食らった顔をしていたが、すぐにまたはにかむような笑顔を浮かべて、「いいね!いこう」と返事した。
話がまとまると、二人は桔梗の家へと向かった。実家から通っているツツジとは違い、隣の県から進学してきた桔梗は大学近くの比較的家賃の安いアパートで独り暮らしをしている。そのアパートの駐車場には、桔梗の愛車の赤いスポーツカーが止まっていた。高校卒業時にMT免許を取った桔梗が、大学一年時からコツコツバイトをしたお金と、両親へお願いして一部出してもらったお金で買えた車だそうで、桔梗はすごく大切に乗っていた。ツツジも、付き合う少し前から乗せてもらうことが時々あったこの車が好きになっていた。
「相変わらずかっこいいよねこの車!」
「あはは…ありがとう。まぁちょっぴり繊細な車とは言われてるんだけどね…」
そういいながら、桔梗がロックを開けて運転席に乗り込んだ。運転席の桔梗から促され、ツツジも続いて助手席に乗り込んだ。強すぎない力でバタンとドアが閉まったことを確認すると、桔梗が車のエンジンをかけた。エンジンが始動しブォンッとふけ上がりの音が聞こえた後、特徴的なアイドリング音が続いた。その音の中で桔梗がスマホをホルダーにセットし、音楽をかける準備をしながらツツジに聞いた。
「さてと…ツツジちゃん、今日はどこ行きたい?あ、あと音楽かけていい?」
「うん!もちろんいいよ!そうだねぇ…うーん…あんまり近場だとカラオケとかそういうのしかないし…しかも確かこの車一回エンジンかけたら10キロ前後は走らせてあげた方がいいんだよね…とすると…ここから1時間ぐらいのところの城下町があるところなんてどうかな…?」
ツツジが提案したのは、二人の大学がある市の隣の市にある観光だった。山(峠)一つ越えた先にあるところで、温泉施設や商業施設、そして土産屋などを売りにしており国内外から人気が高いところだった。
「いいね。先に給油だけしていってもいい?」
「もちろん!当たり前だけど半分ガソリン代出すね。」
申し訳なさそうな桔梗をよそに、ツツジは「いいからいいから」と言いながらコンビニで買ってきた缶コーラを二つカバンから取り出して桔梗に片方を開けた。
「あ、ありがとう…」(ガソリン代だけじゃなくて、飲み物の気遣いもしてくれるツツジちゃん好きすぎる…)
「いえいえ~今日は暑いからね!車で飲みながらでも大丈夫だった…?」
「もちろん」と桔梗が返すと、二人してコーラの缶を開けた。プシュッと音がしてから、車内に甘い匂いが漂った。
「それじゃあかんぱーい!」
「乾杯…」
間の上部どうしをコツンと当ててから一口ふたくち口に含んでから桔梗は車を発進させた。ゆっくりとだが力強いロータリーサウンドを響かせながら二人はまず、ガソリンスタンドに向かった。
給油を済ませると、二人を乗せた車は目的地を目指して峠に入っていった。緩やかなカーブが3~400メートルおきに来るだけのゆっくりとした道かと思えば、突然数十メートルおきに急カーブが続く道を桔梗が操るスポーツカーは時に減速しつつも鮮やかに、そして着々と目的地に近づいて行った。ツツジはというと、時々コーラを口に含んだり、桔梗に話しかけたり、車内にかかっているユーロビートに耳を傾けて、ドライブを楽しんでいる様子だった。そんな時、ふとツツジがバックミラーにチカチカと映る車のヘッドライトを見つけた。
「あれ?後ろの車なんでお昼なのにヘッドライト、チカチカさせてるんだろ?しかもなんかクネクネしてるし、危ないねぇ…。」
それを聞いた桔梗もバックミラーを確認した。軽自動車の運転席と助手席にいかにもガラの悪そうな男たちが乗っていた。
「あ、うん、これたぶん煽られてるね…」
「振り切る…?というか振り切れそう?」
「う~んやってみるね」と言ってアクセルペダルを踏む足に力を入れて、シフトノブに手をかけなおした。そしてさらに桔梗が続けた。
「少し激しい運転しちゃうかも…。しっかりつかまっててね。」
速度を上げると、車間が遠くなったが、後ろの車がアクセルを踏み込んで追いかけてきた。馬力の違いからか、すぐに追いつかれるわけではなかったが、その間もパッシングをかけながら引っ付いてくる。
「少し運転慣れしてる人たちみたいだね…今のまま運転してれば離せはするとは思うけど…多分目的地まで張り付かれちゃうからバックミラーで確認できない距離まで離すね…?ツツジちゃんはカーブとかで対向車がいなさそうか見といてくれると助かるんだけど…」
「うん!ちゃんと見とくよ。事故だけには気を付けてね桔梗くん!」
話がまとまり、桔梗の目つきがキリリと引き締まった。そしてコーナーが続くエリアに差し掛かると、ギアを落としハンドルを思いっきり切りながらクラッチペダルを蹴っ飛ばすように踏んだ。するとタイヤと路面の摩擦が増え、白煙と強く擦れるような音がして車が滑るようにコーナーを曲がった。いわゆるドリフト状態でコーナーを走り抜け、コーナーエリアを抜けて直線エリアに差し掛かって桔梗がギアを上げなおすときにはガラの悪い男たちの乗っていた軽自動車はずいぶんと小さくなっていた。山をほぼ登り切ったエリアから今度は下りに入る入り口に当たる部分だったのだが、桔梗はまだ後ろの車を引き離そうと先々のカーブや直線をかなりのスピードで抜けていった。一応法定速度内ではあったが、カーブをドリフトしながらクリアしていたため、車内はジェットコースターに近い状態だった。ツツジはというと、怖がるどころか楽しそうに「キャ~!!」と悲鳴とも笑い声ともつかぬ声を上げており、桔梗に頼まれた対向車に気を配る余裕さえあった。
10分ほどこんな調子で車を走らせていると、終ぞ後ろにくっついていた車は見えなくなり、しかも二人は予定よりも早く目的地についていた。コインパーキングに車を止めて、目的の城下町方面に二人は歩を進めていた。車から降り、伸びをしながらツツジが明るく話す。
「いやぁ~。さっきの桔梗くんの運転すごかったね!あっという間に怖いおじさんたち振り切っちゃってたじゃん!」
「あ、ありがとう…。そんなに早い車じゃなかったからね…。」(久しぶりにあんな運転したけどツツジちゃん大丈夫だったかな…。楽しそうにしながら乗ってくれてたけど酔ったり、怖い思いさせたりしてないかな…?)
謙遜しながらも、桔梗の心中は穏やかではなかったが、その不安を吹っ飛ばすようにツツジは太陽のようにまぶしく笑っていた。そして続ける。
「そんなに早い車じゃなかったとしても、そもそも桔梗君の運転がジェットコースター乗ってるみたいで楽しかった!あと…真剣な顔で運転してる桔梗くん…かっこよかった…よ?」
「へぁ…?あ…ありがとう…。」(か、かかかっこよかった!?そんな赤くなった上目遣いでいうのなんて反則じゃん!ツツジちゃん可愛すぎだよ!帰りの運転で変に意識して事故っちゃうって!?)
上目遣いで少し顔を赤らめながら言うツツジの表情に、数時間前とは逆で今度は桔梗が素っ頓狂な声を上げた。動揺でフリーズしそうな桔梗をよそに、いまだ少し顔の赤いツツジが少し気まずそうに言葉をつづけた。
「よし!それじゃあ早く城下町巡ろ!ここならおいしい軽食もいっぱいあるし、お土産屋さんとか和雑貨屋さんとかいろいろ見て回れるし!夕方ぐらいまでしか空いてないところがほとんどらしいから早くいこ!桔梗くん!」
有無を言わさないうちにツツジが前に出る。追いかけるようにして桔梗も続いた。
この時、さりげなくツツジが差し出していた右手に桔梗が気付かなかったことによりひと悶着あることもまだ知らないまま、二人はまだ日の光が照らす城下町に繰り出していった。
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