6歳から始める復讐計画! ―やられたらやり返すのは令嬢の基本ですわ―

九澄糸

第1話

ここはフィロメリア王国、王都にある伯爵家のお屋敷の一つ。


 この伯爵家の屋根裏部屋には、埃と蜘蛛の巣と、6歳の小さな令嬢が一人いた。

名はミリエンヌ・エルヴァン。エルヴァン伯爵家の長女である。


 ほんの半年前までは、彼女も伯爵令嬢らしくレースで縁取られたドレスを着て、白磁のティーカップを両手で持ちながら、「ちょっと苦いわ」と上品に眉をしかめていたのだ。


 だが今、ドレスは色褪せた使用人の古着、ティーカップの代わりに持つのは、母の遺品である一冊の小説本。タイトルは『令嬢、城を焼く-悪役令嬢ですので、全員ひれ伏させてみせますわ-』。なんとも物騒なタイトルである。


 屋根裏の窓から差し込む陽に照らされて、本の金の箔押しがきらりと光った。ページをめくる小さな手は真剣そのもの。


「これ、お母様が好きだった本・・・”しゅらば”って難しくて最後までしっかりは読めなかったけど・・・だいたいわかりましたわ!」


 まだ6歳。けれど、母譲りのしっかりした眉と強い瞳に、並の令嬢にはない気迫がある。


「そう、わかりましたの!お母様は、私に復讐リベンジして欲しいんですのね!

だって、やられたらやり返すのは令嬢の基本だって書いてありましたもの!お母様の大好きだったお話を、今こそ私が現実にしてあげますわ!!」

と、物騒なことを宣言していた。


 ミリエンヌの父は、母が亡くなるとすぐに愛人であった継母とその娘を屋敷に連れてきた。

 顔は美しかったが、笑い方や言葉には棘がありキツい上に、立ち振る舞いは貴族としては微妙だった。

 さらに、「この子はあなたの妹なのよ、今度6歳になるわ。」と紹介された幼い少女ローザリン。父と同じ配色の髪の毛と瞳を見て、ミリエンヌは首を傾げた。


「同い年の妹、ね。私が知らないうちに妹が生まれていたなんて驚いたわ。」

 ミリエンヌは素直に感想を言った。


「まあ、ミリエンヌちゃんはキツイのね・・・そんな嫌味な言い方、悲しいわ。」

そう言うと継母は、妹のローザリンを抱きしめながらさめざめ泣いた。

「ミリエンヌ、お前のために新しい母を連れてきたのだぞ、感謝こそすれ、その言い方はなんだ。」

父まで怒り出してしまった。


 ミリエンヌは、さらにびっくりしていた。素直に言ってしまった一言が、小説の”しゅらば”のような事態を引き起こすだなんて。


「わたし、このままじゃお姉様にいじめられてしまうわ」

 ローザリンのその一言で、父はミリエンヌを遠ざけるよう屋敷の者達に徹底させた。


 その後は悲惨だった。ミリエンヌのものは、どんどんローザリンのものになっていった。母の形見も、ドレスも、香水も、すべて継母が「趣味が悪い」と言って処分されていった。ミリエンヌを気にかけてくれていた、母が雇っていた忠実な使用人たちも次々に解雇されていき、新たにやってきた侍女たちはミリエンヌにろくに口もきかない。そうしているうちに、先日とうとう継母に屋根裏部屋に追いやられたのだ。 


 そんな状況を見ても、父は当たり前と言わんばかりに何も言わなかった。もともと、ミリエンヌと亡くなった母イザベラには興味のない人であり、あまり父として接したことがなかった。今まで、ミリエンヌにとって父とは、「そんな人もいるんですのねー」と、どうでもいい人枠であったが、こんな傍若無人な母娘を連れてくるとは、今や恨みしかない。


 本当は異母妹のローザリンがやって来る時、「妹」と聞いて、一人っ子だったミリエンヌはちょっとだけテンションが上がったのだ。しかし、本人は父親そっくりの黒髪を揺らして笑いながら


「ふふん、お父様はローザのことが一番好きなんだからね。私より、チビでひんそうな子、お姉ちゃん、なんてぜーーーたいっ、呼ばないわ!」


 これは、ローザリンがやってきた翌日に言われたセリフだ。前日にシクシクと可愛らしく泣いていた彼女からは想像のつかない憎々しげな表情で言われた。


 全くかわいくなかった。「妹」とは、とにかく小さく、かわいく、愛おしく思える存在だと小説には書いてあったのに、本物は自分より大きいし、憎まれ口しかたたかないし、全くかわいくなかった。


 そんな自分のものを次から次へと奪っていく継母と義妹との戦いの日々を過ごしていたが、ミリエンヌは、泣かなかった。泣かないと決めていたのだ。


 『悪役令嬢は、涙を武器にすることはあっても、無駄に流したりはしない』


母が笑って読んでいたセリフだ。


 そうやって、屋根裏部屋に追いやられた後も、取り乱してはいけないと、とにかく堂々としていた。例え、周りが埃だらけで、物置同然の屋根裏部屋で、例え誰も世話をしてくれる人がいなくても、例え継母が「これでも着てなさい。」と投げてきたお仕着せを素直に着ていたとしても、堂々と振る舞った。


 今は、最後にここを去ったミリエンヌ付きの侍女セレスがおいて行ってくれた日持ちしそうなパンやお菓子をチマチマ食べては飢えをしのいでいた。


・・・というと、随分と一人で過ごしているように見えるが、セレスが去ったのは今朝。今は昼過ぎである。


 しかし、半日でも放置は放置、何もできないであろう幼い令嬢を一人にするとは、あってならない、特にこのミリエンヌは何をしでかすかわからないタイプの令嬢ということで、セレスは本当に心配しながら出ていった。


 ミリエンヌは、どうするか考えながら、小説をめくりながららつぶやいた。


「今の私は「第一章、令嬢の追放。」といったところね。では、次は第二章よ。行動あるのみ!屋根裏からの脱出!そして味方を見つけて、拠点を作るの」


 ミリエンヌは自分の「味方」になってくれそうな人物について一考した。


 そうして、1番に思い当たったのは、母方の祖母、ルクレツィア・エルヴァンである。


 今は領地の屋敷に隠棲しているが、年に数回会う祖母は、ミリエンヌをかわいがってくれていたし、母や自分ともよく手紙を送りあっていた。ミリエンヌは、何とか持ち出せた私物をトランクに詰め込んでいたのだが、その中から祖母からの手紙を取り出すと一通をじっと見た後、そっと懐に入れた。


そして、決意した。


「屋根裏部屋から出る方法、それはただ一つ、家を出ることですわ!そう、おばあ様のところへ行くのよ!おばあ様なら、わたくしの話を信じてくださるわ。継母の悪事も、許さないはずよ!」


 ミリエンヌは立ち上がると、車輪付きのトランクに荷物を詰め直した。このトランクなら子供のミリエンヌでも荷物を運べるはずだ。服は5着、本とお菓子、あと非常用の飴玉、そしてこっそり持ってきたお小遣いたちを大事にポケットや靴の裏などいろいろなところへ隠した。


「ところで、おばあ様の住んでいる領地ってどっちだったかしら?」

 ミリエンヌは屋根裏部屋の中になぜかあった地図とにらめっこしながら、道のりを思い出してみた。 

「むー、この印が付けてあるところ、ここが領地っぽいわ。うーん・・・きっと、行ってみればわかるわね!」

 ミリエンヌは考えることをやめた。


 翌日の早朝、まだ夜明け前である。ガラガラ、ズズズ-ジャッっと何かを引きずる音が庭からひびいていた。だが、新しい使用人達は気づく事ともなく、気付いた者もわざわざ確認しにはいなかった。


 この音の元凶は、小さな体で自分の胸あたりまである大きなトランクを引きずり、そっと屋敷の裏手にまわろうとしていた。

まだ夜明け前のこの時間は、門番も、交代の時間で人がいなくなるのだ。「何てずさんなんでしょう。」とセレスが言っていたのをミリエンヌは覚えていたのだ。

「ふふふ、、この“抜け道”こそが、悪役令嬢の第一歩ですわ!にしても重たい!!!車輪がついているのになんでなのー」


 ミリエンヌは、この時車輪にロックがかかっていることに気づいていなかった。


 この日、ひとりの小さな令嬢が、静かに家を出た。

母の残した本に、背中を押されて新しい一歩を踏み出したのだ。

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