第16話 混浴と通信回復

 知らなかったわけじゃない。混浴イベントはあることはあったから。


 ただその時は親密度が高い異性と二人っきりという描写だったから、てっきりプライベート浴場が用意されているのだと思ったのだが大浴場まるまる混浴とは恐れ入った。脱衣所は別々だったから油断していた。


「ぬああ〜〜〜〜生き返るぜぇ〜〜〜〜」


 戦国ヤンキー鬼娘のホムラが凄い声を出している。岩に背を預けてだらしない顔。そして爆乳が浮いてる。何あれ。双子の山か?


「デッッッ!! 何ですかその胸は。私への当てつけなんですか?」


 暖かい風呂に入っているはずなのに顔が冷めているリンネがぺちんぺちんとホムラの胸を叩いていた。その度にブルンブルン震えている。


「何食ったらこんなんになるんだよ。ウチと食ってるモンそんなに変わんねーのに」

「さー? てか胸なんて無いほうが動けんだよ。取っ払っちまいたいくらいだけど心の臓は守ってくれるかもだから使えるっちゃ使える」

「あぁ? 姉ちゃんに喧嘩売ってんのかコラァ」


 反対側でカツミが同じくホムラの巨乳を叩いていた。もうそろそろやめてくれないかな。こっちにまで波が伝わってくるんだけれど。


「絶景の風呂で酒。もう極楽」


 ゲンゴロウは風呂に徳利を乗せたお盆を浮かべ、ずーっと風呂の中で酒を飲んでいた。てっきり女性陣に迫るのかなと思ったら美女を肴に酒をあおっている。優先順位的に酒>女なのか。


「……………………」


 その側で無言で目を瞑り、まるで瞑想をしているかのようにじっとしているのはヨシミツ。時々口角が上がってるのがちょっと怖い。全身全霊で風呂に浸かってやがんのな。


「はぇ〜〜やっぱりここ気持ちいいです〜〜」


 目の前をぷか〜っと浮かびながら右から左へと通過していくのはトヨだった。相変わらず仰向けで浮かんでいる。


 男性陣はちゃんと下を隠し、女性陣はしっかりと長手拭いバスタオルを体に巻いているなど、なぜかその辺りは――ゲームの都合なのか、はたまた異世界独特の混浴文化という解釈をすればいいのかはさておいて――全年齢の範疇で収まっているけれどフリーダムすぎる。


 混浴ってもっとこう、恥じらいがあっていいと思うんですが?


「気持ちいいですね⋯⋯こんなに穏やかな気持は久しぶりです」


 横にいるレンマがはぁ〜と長く息を吐き出して、んんっと両腕を組んで上に伸ばしていた。


 レンマと混浴。


 確かに望んでいたことだ。


 ちょっとしたアクシデントとか、それ以上のこととかも考えていなかったわけでもない。


 ただそれにはこう、そういう雰囲気に持っていく流れというものがあるはずで。


 二人きりの空間、見つめ合う二人。


 触れ合う肌が……みたいな!?


 だが現実はこのとおりである。


 また眼の前を浮かんだトヨが通過したし、それを真似したコマが同じようにプカーっと浮かんで眼の前を通り過ぎた。お館様もやりましょうとか言ってやがんの。


 よしわかった。


 ここはそういう気分でいられる場所じゃない。


 はいはい全年齢全年齢。


 ……色々諦めよう。コミカルな方面の温泉回だと思えばいい。


 というわけでヨシミツに倣い全力で温泉を楽しむ方へ変更。肩から首まで浸かり、目を閉じる。


 じわじわと体の中の霊力が満たされていくような感覚が気持ちいい。これはこの世界の、特に龍が宿った温泉特有の効能なのだろうか。



『龍の加護により、技巧スキルが開放されました――いいなぁ温泉』



 不意に天照アマテラスの声が響いた。また本音がダダ漏れ。マイク切り忘れてないかこの人。いやマイクがあるのかは知らないけどさ。


 それはそうとやっとだ。技巧スキルの開放。これを待っていた。



『以下が開放されます――二ごう式神術【亀虫カメムシ】、一ごう式神術【女郎蜘蛛ジョロウグモ】』



 待ってたぞその2体。主に妨害専門の式神だけど、戦いが格段に楽になるのは生前実証済みだ。


 思わずフフと微笑んでしまう。温泉街の開放は技巧スキルの開放とほぼ同義だった。一時はどうなるかと思ったけれどこれで安心。あとはゆっくりお湯に浸かって――



『以下の新しい技巧スキルを選択してください。零ごう式神術『飛群ヒグン』あるいは『神虫シンチュウ』』



 ――え。


 なにそれ知らん。


 もうひとつの零ごう


 一人ひとつじゃないの?


 でも聞いたことがある。何だっけ⋯⋯?


『新たな零ごうは貴方の世界で言うダウンロードコンテンツ追加ストーリーにて実装されました。ですがこの世界においては最初から存在しています』


 えええ知らんし!


 追加ストーリーって何!?


 ……でもよく思い出したら、死ぬちょっと前のネット記事にそんなのがあったような。DLCで新たな奈落と新たな力、だったか。


 その情報が出ていた時には仕事が修羅場を迎えていたし、DLCが出るという頃には『冥神伝めいしんでん』の興味もやや薄れていたから最新を追ってなかった。


『個的には『神虫シンチュウ』をオススメします。かっこいいので』

(いきなり俗っぽくなったな)

『神様は基本俗っぽいものですよ転生者』


 うおっ!


 反応した!?


 あれだけ念じて罵倒しても何の反応もなかったのに!?


「どうしましたシオン様?」


 顔を向けるとレンマが心配そうな顔を向けていた。


 ぐぅぅ……水に濡れた君ってとっても可愛いね!!


「い、いや何でもない⋯⋯君がその、なんというか、魅力的で」


 何言ってんだ俺は。


 動揺しすぎて本音が口からボロンとまろび出てしまった。恥ずかしくてつい目線を下げてしまうと、見えるのは彼女の豊満な胸の谷間。


 長手拭いでギュッとおさまってはいるが、今にも溢れそうな――い、いかん。刺激が強すぎる。不可抗力だがムラっとしてしまう!


 こんなところでお館様のお館様をおっ立てたら失望されてしまうかも。努めて冷静に――むりじゃあああ美人すぎるわあああ!


 レンマはキョトンとしていたが俺がお湯の中で股間を押さえているのに気付いたらしく、だんだんと顔が赤くなり口元までお湯に浸かってしまった。


「しししシオン様も……とてもいいお身体をして――ああええとちがっ……違うんです」


 そこからはしばらく沈黙。


 聞こえてくるのは他の連中のガヤガヤする声と、龍頭の石彫刻からドボボボボ、というお湯が流れる音だけ。


 き、気まずい。


 というかレンマまでなんでそんな初心ウブな反応するんだ。君たち忍びはハニートラップの専門家だろうに。


 気がついたら少し離れたところでクロミツとヒビキがニヤニヤしていた。クロミツなんか指で輪を作りもう片方の手の指を出し入れいる。そのジェスチャーやめろ。


『お取り込み中申し訳ないのですが、早く選んでいただけますか。正直貴方たちの雰囲気が羨ましくて仕方がありません』

(俗っぽいってレベルじゃないな。何で今更話しかけてくるんだ?)

『龍の温泉の効果です。龍脈により、貴方の世界の言葉で言うなら『通信状況が劇的に向上』しています』

(要するにここの温泉に入ると会話できるって事?)

『その通り――申し遅れました。私は天照アマテラス。貴方は私を知っていますよね。先に伝えておきますが、貴方を呼んだのはこの私です』

(先手を打たれたな。その言い方だと、それ以上がほとんど聞けない感じ?)

『はい。開示できる情報はごく限られています。おそらく貴方の質問にはほとんど答える事ができないでしょう』

(何か理由が?) 

『そちらにも答える権限を持っていません。ただ段階的には開示できます。然るべきとき、そして私との邂逅かいこうまでお待ち下さい』


 まあそんな事だとは思っていた。ストーリーで主人公が天照に出会いその使命を与えられるときも「ずっと見ていた」からの「ようやく貴方に出会えた」と言っていた。


 ゲームでは奈落の奥にいるラスボスのせいで密なコンタクトができなかった、ということにされてはいたのだが⋯⋯今この場においては別の理由があるような気がする。


『お気持ちは理解しています。ですが神でも覆せないことわりがあるのです――ところで新たな力は『神虫シンチュウ』でいいですね?』

(何故『神虫シンチュウ』にこだわるのかな。そこまで頑なだともうひとつの方も興味が湧いてくるのだけれど)

『もうひとつの方は無数の蜚蠊ゴキブリによる超飽和攻撃になります……あの……本当にきしょいので……やめていただけると助かります……』

(ご親切にありがとう天照アマテラス様。是非とも『神虫シンチュウ』の方でお願いします)


 エグすぎるだろもうひとつの零ごう。ゴキブリが埋め尽くすとかプレイヤーをトラウマのどん底に叩き落す気かよ。

 

 にわかに体が輝き、すぐに元に戻った。多分新しい力が宿った証なのだろう。すぐに百識の窓で調べてみると――



▼零ごう式神術(蟲):【神虫シンチュウ

 外装型式神術。術者が一時的に蟲人となり超人的な力を得る。

 神虫はさん、つまりかいこの美称。厄災と疫病を祓う蟲である。



 外装型?


 かいこってあのかいこの事だよな?


 さっぱり解らないんだが。変身して肉弾戦でもしろって事? 仮面◯イダーかよ。


『詳しいことは使用してからのお楽しみです』

(お楽しみってアンタな……)

『そうそう、今後は温泉に入っている間は会話ができますが、私が離席している可能性もありますので悪しからず……あの……』

(へ?)

『大変申し訳ないのですが貴方の世界でいう『ラブコメ』な景色が眩しいので……しばし離席します……ごゆっくり……』

「待て待てなんでそこでしょんぼりした声出すんだよ。おーい太陽神様!?」


 思わず立ち上がってそう叫んだが、天照アマテラスからの返事はなかった。いきなり話しかけてきたかと思ったら勝手に凹んで離席ってどう言う事なのだろう。


 あと喋り方は丁寧なのに、どこか陰キャっぽいのを感じるのがとても気にな……思い出した。下手するとマジで陰キャかもしれない。


 ゲームでのデザインもいかにもアマテラスゥ〜みたいなビジュアルだったが、言葉の端々に自分を卑下するような言葉遣いが目立ち、微笑む時も何故かニチャアとした笑顔を向けてきた。


 太陽神なのに陰の者の気配を出してどうすんだとSNSでは話題になったが、そもそも天照の元ネタになったアマテラスオオミカミは岩戸に引きこもった伝説がある。


 この引きこもりの理由は大抵の場合、弟であるスサノオが粗暴で嘆き悲しんだとマイルドに表現されている。


 だが実際は追放レベルでやらかした弟が「反省したんで」とのこのこ帰ってきた……と思ったら案の定アマテラス実の姉の土地でやりたい放題して、挙句に神殿に脱糞してそれを壁に塗りたくったからである。


 もう一度言う。


 弟に自分の家をウンコまみれにされたのだ。ばっちい。


 仮に親族でもそんなことされたら誰だってトラウマになるし、下手すれば性格もひん曲がる。最低でも対人恐怖症みたいになるかも。


 それに準拠したバックストーリーをこの世界の天照が抱えていたら、陰の気配を纏うのも無理はない。


『鋭いですね転生者。概ねその通りです。太陽神のくせに根暗なのも自覚しています。はぁ……』

(うおびっくりした。離席したんじゃないのかよ!)

『戻ってきました。貴方の世界でいう『コメディ』の展開になりそうなので』

(???)


「ししししシオン様ッ」

 

 小さな悲鳴が聞こえ、ハッとした。


 俺が立ち上がったら自然と腰のあたりにレンマの顔があるわけで。


 恐る恐る下を見ると、さっきまで腰に巻いていた手拭いがなくなっている。


 そして露わになった俺の股間を、レンマが口を押さえながらガン見していた。

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