第14話 韓国風ひっぱりうどん
その夜、秩父山中に轟音が鳴り響いた。
とある山の頂に近しい部分、木々は倒れ山肌が削り取られる。まるで爆撃でもあったかのようなその場所の中心に立っていたのは、青白い光を放つ10メートルほどの不定形じみた巨人。そしてその周囲には倒れ伏す成人女性と2人の童女。
「こ……
「ええ……
「わらわも……まだ生きとるぞよ……」
息も絶え絶えながら狐乃渡零細会計事務所の面々は互いの生存を確認し合う。まるで「
事の発端は三日前、秩父のとある地主が持ち山から妙な空気が流れてきているという依頼を受けたところから始まる。埼玉北西部の人間が地元の人間に頼るでなく、わざわざ南東部くんだりまで来て新進気鋭の祓い屋に頼みにきたのだ。やましいウラがあるわけでないとすれば相当面倒な案件なのだろう、と真名子は気を引き締めて問題の山へと向かった。
しかしその面倒さは彼女の想像を遥かに上回っていた。調査を続けるうちに、これもう個人事業の祓い屋の範疇じゃないだろ、実家か本家筋のような有名どころの祓い屋、下手すれば国家が対処すべき案件だろという跡がわんさか出てくる。
そしてこの夜、その面倒事たる存在が地中より目を覚ましたのだ。
「
それは日本神話の時代から数百年後の書物に名が記されし巨神。国津神の血を引き兄の
古文書の記述が盛っているとかでないのなら、今目の前にいる不定形の姿は不完全な姿、あるいは力の残滓のようなものだろう。しかしその状態ですら県内トップ層に入る祓い屋、そして1000年の時を経た土地神や仙狐を歯牙にもかけないほどの力を有していた。
そして月羅睺法師はそれらを一瞥することもなく、ただ南の方へと歩み始める。
「悔しいがワシらでどうにかできる相手ではないぞ。命あっての物種じゃ。上のモンに連絡入れてとっとと引くに限るわい。」
「しかし政府直属の陰陽師に任せるにしても、連絡して呼び寄せるまでの間に月羅睺法師さまは人里に行き着くことでしょう。そうなったら被害は甚大です。」
「……何が言いたい?」
「そうならないために足止めの必要があるかと。」
彼我の実力差を見て撤退を提案する
さりとて鴉魅からしたら素直に賛成できるわけもない。真名子に何かあれば美味い酒のシメが食えなくなる、もとい己の存在も危うくなる。それでも、いつになく真剣な眼差しの真名子に応えてやりたいという気持ちもあった。
「……何ぞ奴を止める妙案でもあるのか?無策なら足止めどころか無駄死にじゃぞ。」
「ええ、わかっています。」
スマホで関係各所への連絡を入れたのち、策を巡らす。残された時間はさほど無い。ひとまずは高い木の枝に引っかかってる狐代の救出に向かう。手持ちの霊刀を掲げると光が走り、小さき仙狐の身体を包みこんでその刀身に回収した。
(おかげで助かりました……)
霊刀をまじまじと見つめ、身を挺して守ってくれた狐代に謝意を伝える真名子。
瞬間、彼女の脳内にある出来事がフラッシュバックする。そしてそれは、この状況を打開する乾坤一擲の閃きでもあった。
―――それは一週間前の午前6時、真名子が深夜バイトを終え帰ってきたときの話であった。事務所のドアを開ければそこには酔い潰れてソファーに横たわる2人の童女、鴉魅と狐代の姿があった。
(そうだ今日は狐代さまの分も要るんだった。)
常に顕現している式神・鴉魅と違い、狐乃渡家伝来の霊刀にその身を宿す仙狐・狐代。本来なら刀から出てくることはないのだが、なんやかんや(第6話)あって週一で真名子の手料理を食べに現れることになっていたのだ。
ともかく今日は3人分のシメが必要。冷蔵庫から3個1パックになっているひきわり納豆を取り出し、それぞれを器に移してかき混ぜる。次第に粘り気が強まっていき、独特な匂いも際立ってくる。
「オエエエエエエエエ……」
そして事務所に通じるドアを開きっぱなしにしていたせいか、流れ込んできた臭いに対する狐代の嗚咽の声が台所まで鳴り響いた。
「一体何を考えとるえ!?わらわは生まれも育ちも京の都、だというのにそのような臭いものを食わせようなぞ!!」
「ああ、そういえば昔はそんな話もあったのう。」
「ていうか私も京都ですけど普通に好きですよ、納豆。」
「関西人は納豆が嫌い」、そんな最近めっきり聞かなくなったステレオタイプの人物像を目の当たりにして、2人はちょっと面白く思ってしまっていた。しかし当人からしたら確かにたまったものではない。週一のお楽しみで嫌いなものを出そうとしているのだ、狐代はヒステリックに抗議を続ける。
それでも真名子は慌てず騒がず自信満々に返した。
「でも、このメニューは納豆嫌いな方でも多分大丈夫だと思いますよ。」
温めたフライパンにごま油を引き、キムチと豚こま肉を炒める。熱を加えることでキムチの鮮烈な臭いもまた際立っていく。
全体的に焼色が付くぐらい炒まったら水を加え、沸騰したところで中華スープ・醤油・お酢・コチュジャン・砂糖・オイスターソースを加え味を整える。そして煮上がったら納豆の入った器に移し、かき混ぜてなじませたら上に刻んだニラを散らす。
あとはうどんを茹で、氷水で締めて器に盛ったらつけツユを添えて完成である。
「はいできました。納豆嫌いにもイケる自信ありの一品、『韓国風ひっぱりうどん』です。」
釜揚げのうどんを水煮鯖と納豆のつけだれでいただく山形の郷土料理が「ひっぱりうどん」。そこから鯖を豚キムチに代えたので韓国風、というわけだ。季節を考えうどんも冷やしてつけ麺風に仕上げている。
「くぅ~、いかにもスタミナ付くって感じで弱った胃腸に染み入るわい!」
「ええ、この季節にピッタリです。」
あまりにも美味しそうにうどんをすする2人の姿に、狐代も騙されたつもりでつけツユを手に取った。確かに納豆の嫌な匂いは弱まっている。と同時に、キムチの強烈なニンニク臭も薄まっているように感じていた。
「!?」
意を決してうどんをつけてすすり込むと、この料理の要点が判明する。納豆にキムチ、強烈な匂いをもつ2つの食材を合わせることでその臭いを相殺させるという計算。そして残った納豆の大豆由来の風味とキムチの発酵由来の旨味溢れるつけ汁は、酸味辛味も相まって確かに力がつきそうな味わいだ。
納豆の粘り気によってツユにとろみもついており、うどんへの絡みが良くなっているのも何気にありがたい。具材をつまみながら、ぐいぐいとうどんの山が減っていった。
「……ふぅ。まあ、悪くなかったぞえ。」
口ではこう言っているが、真っ先に食べ終えたのは狐代だった。それぐらい熱中しておいてまあまあは無いだろう、と鴉魅は心中で毒づく。
「前に作ったG系ラーメンもそうですが、臭いものには同じくらい臭いものをぶつけるのが一番いい臭い消しになるもんですよ。」
「―――臭いものには同じぐらい臭いもの、か……」
自分でも何故この情景がフラッシュバックしたのかわからない。しかしこのことが真名子に気付きを与えた。おぼろげな古文書の記憶を頼りに、地面に手を当てながら瞑目して何かを探り当てようとする。
先程まで悲痛な決意をしていた真名子が急に落ち着きだしたものだから、鴉魅も困惑し尋ねた。
「な、何をしとるんじゃ弧乃渡の?」
「日羅睺法師さまに繋がる霊脈を探しているんです。」
「それでどうする?そんなことをしとる場合なのか?」
「我々の霊力で彼を起こします。そして月羅睺法師さまのお相手をしていただくのです。」
「なっ!?そんな思惑通り動くとも限らんヤツに頼るのは危険ではないのか?そもそもそやつもここに眠っているなどという確証は……」
鴉魅の心配はもっともだ。いるかどうかもわからない存在に望みをかけるのも下策だし、よしんばいたとしても下手をすれば敵が2体になるという墓穴を掘ることになる。しかし真名子は古文書の記述にあった「2神は顔を合わせれば喧嘩するほどに仲が悪い」「喧嘩の末共倒れて山になった」という文言を信じ霊力探知を続ける。
そしてその賭けは当たった。明らかに何らかの強力な霊的存在に繋がる霊脈、それを3分ほどで探り当てたのだ。
「鴉魅さま狐代さま、お力を貸してください!」
「ええい、ままよっ!!」
真名子は残りの霊力を込めた霊刀狐代を地面に突き立てた。更に彼女の背中に鴉魅が手を添える。3人の霊力の籠もった刀身がまばゆい光を放ち、山肌に光の道を描く。そして終点に収束すると、ゴゴゴゴと大きな地鳴りが響いた。
そして姿を現すは赤黒い光を放つ10メートルほどの巨神―――日羅睺法師
その存在は既に山の麓あたりまで降りていた月羅睺法師も感知していた。そして180度踵を返し猛ダッシュで兄のところまで駆け上がると、右拳で殴りつけた。弟の不意打ちに対し赤黒い光を強める日羅睺法師。その怒りの色のまま拳で反撃を打ち込んだ。兄弟仲の悪さは古文書の通りだったようだ。
巨神たちが殴り合うたびにドォン、ドォンと、大気と大地を揺るがす重低音が響く。後に「秩父怪音事件」と都市伝説に謳われる現象の正体である。
一方真名子たちは兄弟喧嘩の余波によって吹き飛ばされ、踏ん張る力も残っておらずボロキレのように宙に舞い、山肌を転げ落ちていた。全身におびただしい数の打撲を負ったものの、爆心地から遠ざかれたのは不幸中の幸いか。なんとか身をかがめ、この恐るべき天災が過ぎるのを待つ。
やがて巨神どうしの殴り合いは勢いを失っていき、政府関係者一行が駆けつけた頃には、真名子の目論見通りに共倒れし仲良く地面にうつ伏せで倒れていたそうだ。
「いやぁお手柄ですよ。あのまま月羅睺法師を野放しにしていたら秩父どころか埼玉が消滅するところでしたから。」
「そうですか……危険な賭けでしたが……」
その後真名子たちはレスキュー隊に保護され、ドクターヘリで緊急搬送されていた。乗り合わせた政府高官の男の賛辞から、自分の策がうまくいったことを知り心から安堵する。
「しかし日羅睺法師をぶつけるなんて発想、よく思いつきましたね?」
「ええ……私、料理上手ですから……」
「……どういう意味?」
埼玉を救った奇策が「臭いものには臭いものを合わせて相殺する」という料理のテクニックから生まれた発想だと知る由もない高官の男は、真名子の返答が頓珍漢なものに聞こえたことだろう。
人間万事塞翁が馬、いつどこでどんな経験が役立つかわからぬ。日常におけるひとつひとつの積み重ねがこうやって思わぬ場面で役に立つこともある。救急車で運ばれる中、真名子はそんなことを実感しながら眠りにつくのだった。
今回のレシピ
https://cookpad.com/jp/recipes/24953157
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