第3話 フェイク鶏(トリ)ッパ

 現在深夜2時前。埼玉県某所・ショッピングモール建設予定地。


 未だ基礎工事の途中で放置されたまま荒れ地に三人の人影が見える。一人は美しい黒髪を後ろで束ねた利発そうな女性。一人は黒髪おかっぱの和装少女。察しの通り「狐乃渡このわたり零細会計事務所」の面々であり、久方ぶりの本業に胸を躍らせていた。


「……で、どうでしょう祓い屋さん。本当に祟りとか悪霊の仕業なんですかねぇ?」


 残りの一人、スーツ姿の若い男が真名子まなこに問いかける。最近原因不明の事故が頻発し工事が一向に進まないということで、管理会社が霊障の可能性を考え調査・及び解決の依頼をしてきたのだ。この男・丸山はそこからの出向社員である。


(調査費だけで30万……まったく、上の連中も何ありもしないモンに大金払ってんだか。経費削減のこのご時世、これ以上むしられてたまるかよ。)


 とはいえこの令和の世の中で霊の存在を信じている人間のほうが少数派であろう。丸山もそうであり、真名子たちのことは「変な子連れの詐欺師」だとしか認識しておらず、早いとこ退散願いたいと考えていた。


「ええ、ゲロヤバいのが潜んでますねここ。」


「ワシと同じ土地神の類が信仰を失って悪霊化、といったとこか。悲しいのう。」


 しかし男の思惑とは裏腹に、真名子たちは臨戦態勢に入る。


「ええ~、それ本当ですか~?こっちだって金払ってるんだ、是非証拠見せてくださいよ~」


「そう言われると思って、素人さんでも可視化できる結界をフェンスに沿って既に張ってあります。」


「可視化て、何も見えないじゃないで―――」


 ピピピピ、とアラームが鳴った。丁度深夜二時を迎えた合図である。この時間は所謂「丑三つ時」、霊が最も活性化すると言われる時間。それを実証するかのように薄暗い紫の鬼火が地面から湧き出し、一斉に三人に向かって飛びかかってきた。


 生者を羨む明確な殺意を持った死霊の特攻を、真名子は懐から取り出した刃渡り30センチほどの霊刀をもって斬り捨てる。鴉魅からすみに向かっていった鬼火は、彼女の霊力に阻まれ触れることなく消滅していく。


 一方、丸山は突然の事態に立ち尽くしていたものの奇跡的に直撃は逃れ、高そうなスーツを焦がすだけで済んでいた。


「えええええええ!?な、何これ!?どういうこと!?」


「あ、結界の外は安全なんでそっち行っててください。」


「そういうことは先言って!」


 丸山を警護しフェンスの外まで避難させた真名子は、鴉魅と合流し鬼火を捌いていく。矢衾やぶすまのように飛びかかってくる激しさだが、それでも彼女たちが感知した霊力の程には遠く及ばないことは承知していた。


「こりゃ親玉に呼び寄せられた浮遊霊・動物霊の群れといったところかのう。」


「ですね。露払いは私がしますので鴉魅さまは本命に備えていてください。」


「うむ、任された!」


 そう応えると鴉魅は背中から黒羽を生やし、上空へと飛び立った。残った真名子は再び冷静な剣戟けんげきで鬼火を処していく。しかし次の瞬間、鬼火に混じり蛇の頭のような何かが飛びかかり、彼女の足に絡みついた。その不意打ちでバランスを崩し倒れた真名子の体を、蛇が引きずり回す。


「オオオ……我ニ剣ヲ向ケル不敬ナ女ヨ……ソノハラワタ引キズリ出シ食ロウテクレヨウカ……」


 鬼火の雨が止み、地中から巨大な多頭の蛇が姿を現した。真名子の足に絡みつく蛇もそこから伸びている。整地されていない地面で背中を擦られたダメージは思いの外大きかったのか立ち上がることもできない。そんな身動きの取れぬ真名子の四肢にさらなる蛇が絡みつき、彼女の体を宙に吊るす。


イニシエヨリ人ノ子ガ我ヲ害シヨウトシタガカナワズ……結果生贄ノ臓ニテ機嫌ヲ伺ウコトシカアタワズ……」


 蛇の牙が真名子の上着を割き、その白い肌を露わにする。そして舌をへその周りに這わせ気味の悪い笑みを浮かべた。


「数百年ブリノ贄……数百年ブリノ臓……存分ニ味ワオウゾ……」


 正に絶体絶命の危機的状況。しかしこの期に及んで真名子の顔には焦りが見えない。普段通りののっぺりした無表情のままだった。はてどうしたことか、絶望して精神が壊れてしまったのかと蛇神は思った。


 しかし真実はそうではない。ただ勝利を確証しているからこその落ち着き。不意に、上空から光の刃が降り注ぎ、彼女の四肢に絡みつく蛇を断ち切っていく。何事かと無数の蛇頭が一斉に上空を見上げれば、そこには羽を生やした童女と、その掌の上に浮かぶ巨大な霊力の塊。


「待たせたのう、狐乃渡の。」


「ええ、もっと早くしてほしかったです。コイツゲロキショいんで。」


「エ……何……アヤツ何者ゾ……?」


「おぬしと同じ土地神じゃ。ま、に相当開きはあるようじゃがのう。」


 鴉魅は無造作に投げ捨てるようにその霊力塊を蛇神目掛けて落とした。上空にあるうちは気が付かなかったが、その塊の大きさたるや自身の体長と同じかそれ以上。そして数十はあったであろう蛇頭は余すことなくその強大な霊気を浴びせかけられ、断末魔の叫びを上げながら消滅していくのだった。


「オアアアアアアアアアア……!!!!」



 霊を信じぬ男の眼前で繰り広げられた超常の戦い。価値観を完全に破壊された男はだらしなく口を開け虚空を見つめていた。おおよそ会話などできそうにもない状態だが、真名子は事後の報告する。


「ご覧の通りこちらも命に関わるレベルの仕事だったので、料金は最高プランのものになりますね。後日振込の方くれぐれもお願いします。」


 案の定聞こえている様子は無かったため、請求書を書き丸山のスーツのポケットに押し込む。一応彼を車まで運んであげると、真名子たちは自転車で帰っていった。






 現在深夜3時、元より往来の少ない山道に人影はまるでない。蛇神に服を破かれた真名子としては衆目を気にする必要がないのは幸いだった。鳥獣や虫の鳴く声もなく、耳に入るのはペダルを漕ぐ音だけの静かな世界。


 そんな中、自転車に並行して飛ぶ鴉魅が呟いた。


「……あやつ、贄の臓がどうこう言っておったのう。」


「ええ、キショいくらい言ってましたね。それがどうか?」



「……なんぞワシも、ホルモンが食いとうなってきたわ。」



 アオーン、と遠くで犬の遠吠えが聞こえた。そして再び沈黙の後、真名子が首を縦に振る。「言われると口の中がソレ一色になっちゃう」あの現象だ。しかし今の格好で居酒屋やスーパーに寄るわけにはいかない。仮に帰ってから着替えたとしても、近隣にこの時間まで空いてる店が無い。


 さりとて口の中がホルモン一色になった以上、それを食べねば気が収まらない。真名子は自転車のギアを一段階上げ、一秒でも早く事務所に帰ろうと急いだ。






「やはり内臓肉の買い置きは無し。今手に入るものとしてはコンビニのレトルトぐらいでしょうね。」


「むぅ……」


 帰宅するなり一縷の望みを託し冷蔵庫を確認するが、そんな都合の良い話はなかった。さりとてコンビニのレンチンモツ煮で満足できる気も無し。鴉魅は露骨に不機嫌そうな顔を見せる。


「一応代用できそうなものならありますが。」


 そう言う真名子の手には、150グラム110円の鶏皮パック。




 まずは鶏皮を親指ほどの一口大に切り分ける。そして玉ねぎは荒みじん、ミニトマトはくし切り、ニンニク・鷹の爪は輪切り。フライパンにオリーブオイルをごく少量敷いたら鶏皮を入れ、そこから火にかける。


 弱火でじっくり火を通していくと、びっくりするほど油が溢れてくる。所謂こいつが鶏油チーユというやつだ。あまり多すぎると思ったら適宜キッチンペーパーで拭き取りながら、鶏皮が色付くまで炒める。


 このとき気をつけるのは、焼けた鶏皮はアホほどこびりつくということ。焦げ付かないと謳っているフライパンでも、下手なテフロン加工では余裕で張り付く。そうならないよう丹念にヘラでかき混ぜながら炒めていこう。


 いい感じに炒まったらニンニク・鷹の爪・玉ねぎ・ミニトマトも加える。これらは溢れ出た鶏油で炒め合わせていく感じだ。玉ねぎが透き通るくらいまで火を通ったら水・チキンスープの素・ケチャップを加え、気持ちがつくまで煮込んでいく。


 仕上げに塩、コショウで味を整え、薄切りにしてトーストしたバゲットを添えたら完成。塩にはスパイスソルトを使うとそれっぽさが増すのでおすすめしたい。



「というわけでトリッパならぬフェイクトリッパ、完成です。まあトリッパってのは正しくはハチノス(牛の第二胃)の煮込みなんで見た目から全然違うんますが、イタリア風モツ煮込みということでご勘弁を。」



 ダジャレ使いたくてゴリ押ししてきたな、と鴉魅は思った。しかしいかにもイタリアの家庭料理感のある見た目には感心する。早速バゲットの上にたっぷりと乗せて口に放り込む。


「うむっ!これはこれは!」


 鴉魅は思わず膝を打った。クニクニプリプリとした食感は確かに牛豚のホルモンを連想させる。流石に味となると違和感があるが、たっぷりの鶏油を含んだトマトソースはそれはそれとして実に美味い。


 これは酒が進む味だ。今日はいつものチューハイではなく720ml500円の赤ワイン。確かにこのつまみには赤しか考えられないだろう。実際安物だてらに肉とトマトのこってりした味にぴったりだ。


「鶏皮って鶏でも一番美味い部分なのに未だ捨て値で売られてますからね。牛豚のホルモンが本来の『ほうるもん』から離れ高値となる今、鶏皮こそが真のホルモンと言っても過言ではないのではないでしょうか?」


「いやそれは過言じゃろ。」


 例によって顔に出ないから酔っ払いの戯言なのか真面目なボケなのかわからぬ真名子の提言を経て、深夜の飲み会はに入る。残ったソースに茹でたパスタを絡めたトマトパスタ。というよりも更に酒が進みそうな一品になってしまったが、コレを平らげお開きとなった。




「しかし思い返せば、ワシも一歩間違えばあやつと同じことになっていたかもしれんのだのう。」


 食後の余韻の中、鴉魅は呟いた。思えば忘れ去られた土地神という境遇に違いはない。一方で自分は祓い屋の娘に拾われ命と正気を保ち、あちらは溜め込んだ憎悪の末悪霊となり滅せられた。ひとつタイミングが違えば、その境遇は逆だったかもしれない。そう思うとやるせなさと、自らの幸運を強く感じてしまう。


「……まあ色々不穏なところはあるが、改めておぬしに感謝したい。ありがとう。」


 鴉魅は深々と頭を下げた。その様子に真名子が返事をする。


「では、その御礼に吸わせてください。」


「は?」


「ご存じないですか、『猫吸い』?猫の毛皮に顔を埋めてスゥ~って息吸うやつ。猫好きが癖になってやめられないアレを、鴉魅さまでやりたいのです。」


「えっ?はっ?何を言って?……ソレ以前にあんだけ暴れた上にまだシャワーも浴びとらんから臭いんで……」


「知り合いの猫好き曰く、臭いほうがたまらないそうですので願ったり叶ったりです。」


「うわぁ!待て待てっ!オアアアアアアアアアア!!」


 いくら強大な力を持っていても、式神としての主従契約はそうやすやすと破れるものではない。主人はそのおかっぱ髪に顔を埋め、幼女の匂いを鼻腔いっぱいに堪能するのであった。



今回のレシピ

https://cookpad.com/jp/recipes/24940272

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