第二章 推理じゃない! ~夢を忘れた探偵たちへ~

第7話 白いガンダム

     ………………


 法水の大立ち回りを目にした六名の被疑者たち、彼らの間に漂う異質感。

 支倉はその異質感の意味を求めて口を開く。


「異常……。い、一体この感覚の正体は何なの?」


 法水はそれを受け、六名の中で唯一、動揺を見せない女子生徒をちらと見る。

 その少女はキッチリと制服を精鍛に着込み、口を横一文字にキッと結んだ黒いストレートロングヘアが特徴的な文学少女然とした女子生徒、あまりにも広大故に人が集まるような事が少ない図書室にて図書局長として一人本を読む姿が印象深い生徒である。


「その答えを探る前に……。君はそうした違和感を覚えていないようだが?」


 女子生徒は突然の質問に一切の動揺なく答える。


「違和感……。前近代が終焉し、蒙を啓かれ、化学的論証によって倫理も社会も物理も宇宙も全てが体系的に理解された世界において、何の違和を覚える必要があるのでしょうか。整然とした世界の中でその一部として生きるのです、その鏡面のような水面に小石が投げ込まれ波紋による歪みが生まれたとて何を慌てる必要があるのでしょう」


 その言葉に法水は頷く。


「ウンウン。良い。実に共感できる言説だねぇ。

 確かに私もいち現実主義者リアリストとして、現実に発生した事象に対して慌てふためく必要はないということは同意しているよ。

 しかし、体系と理論が万全であるというのは一神教的態度と批判せずにはいられないねえ。この天地のはざま、いやこの原子と電子のはざまにおいて一つの理論が、一つの科学的思考が、言語という一つの道具が、数字という一つの言語が、全てを説明するというのは思い上がり甚だしい。我々の世界において想起できることは全て起こり得る。そして現に起きている出来事は、その科学の世界において有り得ない驚異。果たして君の態度はいつまで崩れることが無いか、実に興味深いねぇ……!」


 悪戯な笑みを浮かべて笑う法水に、毅然とした様子を崩さぬその女子生徒。

 やがて法水は彼女の方を見るのを止め、二人の対峙に様々な反応を見せている部屋に集まった者たち全員へ言葉を発する。


「まあ、幕間劇インテルメディオはこれくらいにしようか。さあ次のシーンを開こう。導入イントロダクションはまだ始まったばかりのようだね。観客オーディエンスのためにもそれぞれの名前くらいは示してもらおうか、六人の怒れる被疑者諸君?」


 ウンザリした様子で呆れる者、不安の表情で大仰に身を振る者、倒錯的な恍惚に包まれ自らの身を抱く者、無関心な表情で立ち上がる者、室内だというのに被っている帽子をなおしながら睨むような目つきを向ける者、先ほどの法水による質疑から変わらず整然たる態度で立つ者。

 6名の被疑者はそれぞれの態度を示し、各々の名を名乗る。

 しかしそれは諧謔に呪われ、犯人の恐るべき犯行手腕を見せつけることとなるのだ。


 まず初めに話し始めたのは、この部屋の中の誰もが知る男。度々学園の運営にて名の登る法水を知っている彼はやや呆れた様子で語りはじめる。 

 彼の格好は革のジャンパーを羽織り、濃いサングラスを胸ポケットに仕舞っており、癖のある髪の毛が特徴的だ。


「私は魅宗櫓城ミゾロギ 白摩RX78-2ガンダム。知っての通りこの学園の理事であり、理事長の息子……。当然この事件で最も疑われる立場というわけだ」


 全員に電流走る。

 なんとも言えぬ違和感。

 ただ理事・白摩RX78-2ガンダムが周知される名前を改めて示しただけ。だと言うのに激しい違和感が全員を襲った。何か笑って噴き出してしまいそうな奇妙な感覚。

 しかし誰一人としてその違和感の正体を識ることはなかった。

 

 法水もまた顎に手を置き、夢想を続けながら指示する。


「マァ、その発言の仔細は後で聴こう。今は発生している違和感を探りたい……。時計回りに自己紹介をお願いするよ」


 次に自己紹介するのは演劇部部長として知られる女子生徒。その所作には気品と歌劇的大仰さが含まれ、表情全てが耽美な色彩を意識しており、歩くたび、動くたび、その身体より感情が溢れるように表現される。その声はオペラホールの舞台より遥か果の観客にも伝わるほどの響きを持って部屋内を駆け巡る。


「オヤ! 次はこの私の番のようだね! ああ、麗しき被疑者の皆々様、この私の名は希死念寺♤デスウィッシュでら スペード。煌めく星々の中の一等星。輝きに彩られ天翔ける俳優アクタァ。おお、詩神ミューズよ歌え声高らかに、私の生を伝え続けよ!」


 その続きを話し始めようと息継ぎを深くする途中で、法水が遮る。


「では次の方」


「ヒィイッ!」


 法水に当てられた、ひときわ小柄な少女は絶叫する。息も絶え絶え、不安かつ神妙な面持ちで周囲をちらちらと見回す少女は服の裾をグイっとつかみ、その汗ばんだ手を時折拭う。やや手入れのされていない、重たい黒髪によって顔はかなり隠れており、その不安気な症状も覆い隠している。

 少女は息を整えすぎるほどに整えた後、話す。


「わ、わわわ私は……。ええっと。私、何て……。ああ、背子秋風まんようしゅう まきのはち ふじわらのうまかい せんごひゃくさんじゅうごばんうた……。で、す……? いや、私こんな名前じゃ、でも私の名前これ、ええ!? わ、わた、わたし、私何? なにが私!? 私が誰!? 誰が私!? アナタが私!? 違う! でも私は私でこの名前は私の名前!? 私の名前はコレ!? コレだったわけじゃない!? でもこれではある!?」


「ちょ、ちょっと大丈夫!? 落ち着いて、ほら、深呼吸」


 恐慌状態パニックに陥り、慌てふためく彼女をなだめるように支倉が優しく介抱する。荒げられた呼吸の中で小さく絶叫するようにうわ言を繰り返す彼女は明らかに正常な状態とは言えなかったが、この殺人事件が発生している現状ではむしろこの反応が正しいとさえ、支倉には思えた。

 その様子を眺める法水はというと、冷酷にも今の言葉に対して何か想像を膨らませているようで、発言者が泡を吹いている事には興味もくれなかった。


「名前……! フフン、なるほど。『真名を変え得る』か……。興味深い視点だ。正に神秘さえも弄ぶ。これはほとんど神の領域と言って差し支えない行為! 素晴らしい、その神秘を検めて破壊せしめねば!」


「ちょっと麟音!」


 支倉のその言葉にも法水は無頓着。

 だが、彼女の介抱もあって背子秋風まんようしゅう まきのはち ふじわらのうまかい せんごひゃくさんじゅうごばんうたは落ち着きを取り戻し、椅子に座って大人しく震えているにとどまった。

 しかしようやっと回復した様子のところへ法水が身を乗り出す。

 

「君には非常に興味があるため後でもっとじぃっくり質問させていただこうか……!」


「ひぃいいいいい……!」


 背子秋風まんようしゅう まきのはち ふじわらのうまかい せんごひゃくさんじゅうごばんうたはそう言って泡を吹いて気絶した。


「麟音!」


 さしもの支倉もこの狂言には怒りをあらわにする。


「ヤレヤレ、私はきちんと落ち着くまで待ってやったじゃあないか、そんなに怒るな。

 さあさあ、次だ次、次の自己紹介をさっさと始めてくれ、いらない時間を食ってしまったからねぇ」


 手を叩いて法水が催促する、熊城が呆れ、流石の支倉も苦言を呈しかけた中で、指示を受けた男性教諭が名乗りを上げる。


 彼は初老の、やや禿げかかった白髪を五厘刈り程度に刈り上げ、ヨレヨレのワイシャツの上にループタイを付け、これまたよれたジャケットとパンツを着た、いかにもな教師であった。その分厚い丸眼鏡の下にある顔つきと瞳の色でわかるが、彼は西欧人である。

 彼は重々しい声を響かせて話始めた。


イァクタ・アレァ・エスト賽は投げられた。御周知の通り、国語、西洋古典文学教師。図書館司書。実に興味深い魔術的事件が起きていると聞いているが、後で仔細を聞かせてもらおうか」


「仔細、フフッ。それはアナタが一番ご存じなのではないでしょうか? 大先生。図書館において授業以外の全ての時間をその豊富な多言語・多文化知識を駆使して暗号化された呪法書グリモワールを読みふけっているのですから……」


 法水のカマかけめいた挑発ともとれる言葉に、イァクタ・アレァ・エスト賽は投げられた博士は眼鏡をくいと上げて話す。


赤龍の智慧超越の秘法を持ったとして如何にそれを現実化せしめるかはどの奥義書グリモリウムにおいても明瞭にされてはいない。儂がもう二十ほど若ければその神秘を実践したかもしれんが、今のこの身では精々、知識を整理するのみよ。老いさらばえてこの世界に何かを残し続けようとするには儂はもう具象に関わり得る能力が残ってはおらぬ」


 法水はそれを聞き、一つ呆れの溜息を吐きつつも次の者を指定する。

 指定されたのはまたしても男性教諭、しかし今度は先ほどの老教授とは打って変わって、まだ男性の若さという情熱パッションストレングスを内に秘めた険しい眉間を学帽のような帽子の下に隠した影のある人物。度々旅行などで学園を離れがちな、いつでもロングコートを羽織る歴史学教諭である。


ウィリアム・ルイス・イ・モンキー・黒崎・マリオ・ビダン・ジャン・ピエール・バトラー・レイ・ダークソウル・ジョルジュ・テレジア・ゲッティンゲン・グリーンデイ・ワードナ・ギャリオット・ジョーンズ・トレボー・D・フリークス・マリオ・うずまき・フォン・ハプスブルク・浦飯・キン肉・チンチンナブルム・アーシタ・マリオ・イェイツ


 法水は一言。


「長いからJOJOでいいね」


「やれやれ……。早く終わるのなら、なんでもいい」


 言葉少なな彼は、そのクールなポーズをこの異常の密集した特異点とも言うべき室内で崩すことはなかった。その筋肉と巨大な体格から彼はその気になれば簡単にこの部屋の全員を殺せるのではないかという恐るべき存在感を放っていたが、この場の人間はその存在感を逆に食ってしまうほどに各々が勝手きわまる存在であった。


「最後はキミだね、図書委員の……」


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86。名前を聞くだけのこの時間にそこまで意味があるとは思えませんし、それにこれだけの時間をかけている事にも驚きです。このような無為な事を続ける中で、我々への捜査は果たしていつになれば終わるのでしょうか」


 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86は毅然とした態度でそう話す。


「マァマァ、これだけでも分かったことは大いにある。キミたちの名、それは一体いつからの名前なのだろうか、その疑問こそが今回の質問の要点だ」





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