第9話 不協和の調律
第一章 夢のあと
気がつくと、また病室だった。
点滴の滴る音、カーテン越しの朝日。
あの葬儀は――誰かの夢だったのだろうか。
ベッドは4つ。
川合咲、柴田重義、工藤まさる、真鍋美咲。
みんな、ちゃんといる。
安心と困惑が入り混じる空気の中、四人はまた死んだ。
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第二章 転生のコード
次に目を覚ましたとき、彼らは舞台にいた。
まぶしいスポットライト。
鳴りやまぬ歓声。
彼らは「ポール」「ジョン」「ジョージ」「リンゴ」――
世界を変えたバンドの姿をしていた。
だが、彼らの記憶には音楽理論も英語の歌詞もなかった。
あるのはただ、「音」の記憶だけだった。
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第三章 レコーディング最終日
スタジオの空気は張りつめていた。
咲と重義――ポールとジョン。
ふたりの視線は、もはや交わることすらなかった。
以前は、目が合えばすぐにメロディが生まれた。
重ねた音は呼吸のように自然で、互いの間に、間などなかった。
だがいま、咲は彼に「間」を感じていた。
重義もまた、咲に「演じている匂い」を感じていた。
「我慢してるよな、お前……また」
「音を汚したくないだけだよ」
短いやりとり。
その言葉に含まれる、長い歴史。
咲はいつからか、音に美しさばかりを求めるようになっていた。
重義は逆に、混沌を音の中に取り戻したかった。
だから、彼はわざと音の隙間に放ったのだ。
あの「ブッ!」という一撃を。
音楽は清潔なものではない。
生きている限り、においがする。
「Let it be(なすがままに)」――
咲が小さくつぶやいたその瞬間、
ジョージがギターを弾き始めた。
リンゴが静かにスティックを握る。
重義は黙って、それに乗った。
そして、最後の一音とともに――
「ブッ!」
誰の音かは、もう問題ではなかった。
だが咲にはわかっていた。
それは、重義の反逆でもなく、愛でもなく、なすがままであった。
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終章 沈黙の向こう側へ
レット・イット・ビー。
赦す、とは少し違う。
認めるでも、受け入れるでもない。
なすがままに
――共にいられないことさえも、ただ、なすがままに。
咲は気づいていた。
重義の放った音は、和解ではなく別れの合図だったことに。
「俺たちは、もう同じ曲を歌えない」
そう言ったのは、どちらだったか。
けれど確かに、その最後の一曲は美しかった。
歪で、不完全で、生々しく、そして、何より――本物だった。
四人はそれぞれの道へと歩み出す。
解散、それは敗北ではなかった。
沈黙の臨界を越えた者だけが知る、新たな始まりだった。
屁は鳴った。
その余韻は、永遠に、彼らの中に鳴り響き続けている。
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