第二章 §3 後半「術式の代償」

都市の中心部、白い石で築かれた広場の一角。

夕暮れの陽光が建物の壁面を朱に染め、影を長く引いていた。

レイは足を止め、交代のために詰所から出てきた数人の衛兵の中から、

一人の若い兵士に声をかけた。

「すみません、少しだけお時間をいただけますか?

あなたの術式を見せていただきたいんです。」

その兵士は一瞬驚いたような顔を見せたが、レイの真剣な眼差しに押されたのか、

すぐに頷いた。

「……いいだろう。ちょうど魔力の調整をしておきたかったところだ」

兵士は腰の短剣を抜き、地面に小さな円を描いた。その手際は慣れており、無駄がない。

「使うのは初歩的な《詠唱術式》だ。俺たち兵士が最もよく使う魔法だ。」

「いいか、魔法は“想像”じゃない。」

「魔法は“現実にどう作用させるか”を、言語という形で定義する技術なんだ。」

そう言うと、兵士は深く息を吸い、詠唱を始めた。

その声は静かで力強く、空気を震わせるように響く。

「炎よ、我が意に従い、形を成せ。

小さき咆哮となり、敵を焼き払え――《火弾──〈ファイアボルト〉》!」

兵士の掌から赤い光が集まり、瞬く間に火球が形成されて宙を走った。

火の玉は数メートル先の石畳に着弾し、乾いた音とともに爆ぜた。

黒く焦げた痕が煙を上げる。

余熱が空気を揺らし、わずかな温かさがレイの頬に触れた。

その感覚に、彼はふと息を止める――

詠唱の一語一句が、ただの言葉ではなく、空間そのものに刻まれる。

「指示命令」として作用していることを、肌で感じたからだ。

兵士は額の汗を拭きながら、微笑んだ。

「……これが魔法だ。見た目以上に、消耗する」

レイは少し首を傾げた。

「……魔法には、どんな代償があるんですか?」

その問いに、兵士の表情が引き締まった。

「便利な技術には、必ず代償がある。魔法も例外じゃない」

彼は視線を落とし、少しだけ間を置いてから語り出した。

「魔力を使うたびに、身体のどこかが削れていく。

今みたいな初歩の魔法でも、精神と体力を削る。」

「術式の詠唱中は集中力が極限まで高まるぶん、終わった瞬間に反動がくる。」

「頭を金槌で殴られたような激痛、目の奥が焼けるような霞み――

最悪、意識ごと落ちる。」

「無理して詠唱を重ねると、戻ってこられなくなる」

兵士は地面の焦げ跡を見つめながら、静かに言葉を続けた。

「魔法には代償がある。ただし、それはすぐに現れるわけじゃない。」

「少しずつ、見えないところから削られていくんだ。

だからこそ、術式の練度だけじゃなく、自分の限界を知ることが必要になる。」

「使い方を誤れば、それは守る力ではなく、己を蝕む呪いになる」

そしてふと、兵士は遠くを見つめた。

「魔力を使いすぎた者がどうなるか――かつて、そういう戦友を何人も見送った」

風が吹き、火球の焦げ跡をそっとなでていった。

レイは兵士の言葉を胸に刻みながら、頷き「覚えておく」と返した。

その瞳の奥で、確かな決意が静かに灯り始めた。

彼の中で、「力」という言葉の意味が、少しずつ輪郭を帯びていった。

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