第8話:ノイズに抗う意思、古記録の光明

 昨夜の不気味な電話と、それに続く奇妙な物音やタブレットの異常。

 八雲姉妹は、自分たちが見えない敵に監視され、そして明確な妨害を受けていることを確信していた。

 だが、その脅威は、二人の蒐集家しゅうしゅうかとしての魂に火をつけただけだった。


「――決して、深入りしてはならない」

 あの震える声の警告が、むしろこよみの探究心をあおる。深入りされたくない何かがあるのなら、そこにこそ真実が隠されているはずだ。


 翌朝から、姉妹は再びそれぞれの調査に没頭した。

 暦は書斎の奥深く、通常はめったに開けることのないきり箪笥たんすから、いくつかのほこりをかぶったファイルを取り出していた。それは、彼女がフリーの歴史ライターとして独立する以前、ある大学の非常勤講師として地方の公文書館の整理事業に関わっていた際に、個人的に写しを取っておいた資料の束だった。公的なデータベースから抹消された情報も、こうしたアナログな記録の片隅に、奇跡的に残っていることがある。


 一方、未知みちは自室で、昨夜から続くサーバーへの不審なアクセス試行や、執拗しつように送りつけられてくるスパムメールと格闘しながらも、インフルエンサーXと「特殊環境適応研究所」のデジタルな接点を執念深く追っていた。

「このインフルエンサーX、使ってるサーバーや暗号化の手口が、どうも古い軍事技術の応用っぽいんだよね…。ただの都市伝説マニアじゃないのは確かだよ、姉さん」

 時折リビングに顔を出し、報告する未知の声には疲労と興奮が入り混じる。


 暦は、未知の報告に頷きながら、自身の記憶と膨大な資料の海を泳ぎ続ける。

「『認知情報パターン』…あの研究所がその研究をしていたことは間違いないようね。問題は、それが何を目的とし、そして何故歴史から消されなければならなかったのか…」


 膨大な行政資料、当時の新聞の縮刷版、地方史研究の会報。暦はそれらを一枚一枚丹念に確認していく。

 その集中を妨害するかのように、家の固定電話が時折、無言で切れるという不気味な現象も起きていた。だが、暦は動じない。むしろ、そうした妨害こそが、自分が正しい道筋を辿っている証拠だと感じていた。


 そして、数時間が経過した昼下がり。

 ついに、暦の声が微かに上擦うわずった。

「…あったわ」

 彼女が探し当てたのは、昭和後期に行われた江戸川・江東地区の広域再開発計画に関する、分厚い行政資料のファイル。その膨大なリストの片隅に、極めて小さな文字で、しかし見逃すことのできない記述があった。


「特殊環境適応研究所(仮称)設置に伴う、周辺環境への影響調査報告書(非公開)」


 報告書そのものはファイルに含まれていなかったが、その存在を示す索引カードが確かに残っていたのだ。

 そして、そのカードの備考欄には、さらに小さな手書きの文字で、こう追記されていた。


「昭和63年付、所長・〇〇〇〇(インクにじみで判読不能)、研究員数名による『認知情報パターンに関する基礎研究』開始。平成3年、原因不明の事故により施設閉鎖、記録の大半は破棄処分」


(…認知情報パターンに関する基礎研究…! 間違いない、これよ!)

 暦の脳裏に、未知が解析しようとしていたA子のPC内のファイル、そしてあの「XXXX」という文字列が鮮明に重なる。

 原因不明の事故、記録の破棄――。あまりにも符合しすぎる。


「未知!」

 暦はリビングに駆け込み、その索引カードのコピーを未知に突きつけた。

「見て! あの研究所の存在を示す、公的な記録の断片よ! 所長の氏名は判読不能だけれど、『認知情報パターン』という言葉が明確に記されているわ!」


 未知も、その記述に目を見張る。

「これって…! インフルエンサーXがほのめかしてた『失われた研究』そのものじゃない…! この判読不能な所長の名前さえ分かれば、一気に核心に近づけるかも!」

 未知の指が、再び猛烈な勢いでキーボードを叩き始める。

「姉さん、この時期に『認知情報パターン』なんてマニアックな研究をしてた人物、そう多くはないはず。当時の学術データベースや研究者名簿をしらみ潰しに当たれば、候補者を絞り込めるかもしれない!」


 暦も頷き、判読不能な所長の氏名部分を指でなぞりながら、別の資料――当時の学術雑誌や研究者名鑑のデータベース――との照合を開始した。

 姉妹の目が、再び強く輝き始める。

 見えない敵からの妨害は続いている。だが、それを乗り越え、ついに掴んだ確かな手がかり。

 それは、深淵の闇に差し込んだ一筋の光明のようだった。

 謎の研究所の所長――その「顔」が明らかになる時は、もう間近に迫っているのかもしれない。


(第8話 了)

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