第41話 総帥

 本殿の小屋から出てきた上野たちは、ぐったりとしていた。


 演技をしているようには見えない。


「おいおい……さすがに『かいな様』ってのはすごいな。今までいろんなヤバいものを見てきたが、あれは桁が違うぞ。漆を塗られていたがあの腕もたぶん本物の人間のものだろう」


 やはり自分と感想が違う、と陽介は思った。


 己はすでになかば『かいな様』側の立場でものを見ている、ということだ。


「さて……それで、お前はなにがしたいのだ、上野とやら」


 ミコの目つきが恐ろしかった。


「さあね。とりあえず見るべきものは見たし、まあここであんたらにとどめを刺してもいいんだが」


 上野が笑った。


「ただ、それも芸がねえしなあ」


 もしここで殺し合いになった場合、果たしてどちらが有利だろう。


 ミコはたぶん、戦力にはならない。


 片腕を失って瀕死の御厨も当然、戦うどころではないだろう。


 となると陽介と定、そして黒宮の三人で上野たちとやりあうわけだが、結果は見えている。


 ましてや上野たちはさきほどまで村の住人と戦っていたので、いわば「殺し慣れ」をしているのだ。


 彼らの持つ血塗られた刃物や荒々しい気配を考えれば、それくらいはわかる。


「こいつらの言うこと、本気にしちゃ駄目だよ」


 弱々しい声で御厨が言った。


「基本的には馬鹿じゃないのに、そのときの衝動で動く人間てのを、あーしは何人も見てきた……こいつらはその典型だよ」


「まあ、否定はしねえよ」


 上野が苦笑した。


「正直『かいな様』は敵にまわしたくない。いままで神だのなんだの半信半疑だったが、やっぱありゃ恐ろしい代物だ。さすがに何百年もここで信仰されていただけのことはある。ただ、そうすると……」


 おそらくこのとき、誰もが油断していたはずだ。


 だが、陽介はしっかりと見ていた。


 小柄な人影と、上野ほどではないがそこそこ長身の影が彼の後ろに近づいていくのを。


 次の瞬間、上野が絶叫した。


 本殿のなかに野太い声が幾重にもこだまする。


 上野の後頭部から派手な血が溢れていた。


 さらに股間の急所を蹴られたらしく、間が抜けた形で前に倒れる。


「上野さん?」


「え、なにがどうなって……」


 次の刹那、上野が持っていた日本刀で後ろの男のそばにいた中背の少年の首筋を斬りつけた。


 冗談のような大量の鮮血が溢れていく。


「まずい」


「にげろっ」


 上野という指揮官を失って取り巻きたちが逃げていく。


 だが、いま突然、現れた二人はなんなのだ。


「はは……正義の味方は遅れてやってくるってね」


 聖夜が顔を赤く濡らして言った。


「僕も忘れないでくださいよ」


 こちらはまだ小学生くらいの芹山である。


 そういえば二人とも殺人者だったのだ、と改めて思った。


 こうしたとき、味方としては頼もしいのだが、やはりこんな子どもが平然と人を殺したのだと考えるとぞっとする。


「それにしてもひどくないですか? 僕をおいていって先に言っちゃうなんて」


「すまない」


 芹山に陽介は謝った。


「あのときはいろいろありすぎてな。でも、お前はどうやってここにきたんだ」


「実は、穴に落ちたんです。結構な高さがあって、怪我をしなかったのは奇跡ですよ。で、あたりを調べていたら、もっと深いところまで斜面を滑り落ちちゃって……」


「それで、俺と合流したんだ」


 聖夜が言った。


 二人とも体のあちこちに擦り傷ができている。


 特に彼らを疑う理由はない。


 いや、おかしい。


 特に芹山の言っていることには違和感がある。


「ちょっとまってくれ。芹山、お前、照明はどうしたんだ? いくら蛍石があったからって、あれじゃ明かりにはならない」


「あら」


 突然、芹山が笑い出した。


「まあ、すぐばれるのはわかっていましたけどね。そうでしょ、姉さん」


 芹山がミコのほうを見た。


 ミコは不審げに芹山を見た。


「誰だ、お前は」


「ひどいな。幼い頃は何度かあったのにすっかり忘れている。『総帥』といえばわかりますか?」


 印修に続きまた双子だが、今度は二卵性らしい。


「なるほど、総帥がまさか自分の弟だったとはな」


 ミコは心底、驚いているようだ。


「そういや……なんか雰囲気がただの男と違う」


「今更づいたんですか。ひどいな、陽介さんも」


「男なのか女なのか、どっちなんだ」


 陽介の問いに芹山、あるいは「総帥」が答えた。


「さあ、どっちなんでしょう? 医者も答えるのは難しいと思いますよ」


 いままでは少年だとばかり思っていたが、確かにみようによっては女の子に見えなくもない。


「性分化疾患?」


 黒宮が言った。


「ええ、たぶんそうでしょう。僕は男性器も女性器も未熟なままなんです。さらにいえば成長ホルモンの分泌にも異常があるらしくて、姉さんと同い年なのにこのありさまです。本当なら、僕は生まれたときに殺されていたらしいですけどね。『外』が僕を欲しがったんですよ。彼らは彼らでいろいろ権力争いに忙しいですからね。僕は聖地からのありがたい子、ということになりました。僕の名前も笑えますよ、『総帥』っていうんです。これが本名なんだから笑うしかない」


 変わった名前ばかりだ、と思った。


「神は不条理です。姉はミコとして尊敬され、僕は『外』の世界で権力争いのコマとして利用される。『かいな様』はずるい。僕は『腕斬りの儀』すらうけられなかった」


 ここの有力者はみな、左腕を切断されている。


 というより自らの意思でそうしている。


 だが総帥が儀式を受けられないのは「本質的には余所者」という証だろう。


 普通でない環境に生まれ、そこでも異物として扱われた総帥は、確かに気の毒としか言いようのない存在である。

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