第40話 神よりも恐ろしいもの

「『なにか』を直感的には感じるけど、それは感情といっても人間のそれとだいぶ違うみたい。私にとって『かいな様』って子どもみたいなものなの」


「子ども? 神様なのに?」


 ミコがうなずいた。


「『かいな様』は小さい子に似ている。泣いたり、喚いたりするけどまだ言葉をうまく出せない子ども。いまはたぶん、弱って落ち込んでいるって感じかな。でももっといえば、それが『全部、私の妄想で本当はかいな様なんていないって気がするときもある』」


 それはあまりに衝撃的な言葉だった。


 言うなればミコは自分が仕える神そのものを否定したのだ。


「駄目だろ、それ……」


「駄目もなにも、本気で思うんだから仕方ないでしょ。『かいな様』はこの土地の人が何百年もかけてきて育んできた集団妄想なのかもなあって」


 絶句した。


「昔、日本が幾つにも分かれて戦争をしていた頃、七人の落ち武者がやってきた。でも村人は彼らを殺して武装を奪った。いくら余裕がない時代であっても、やっぱり罪悪感てのはあったと思う。そんなとき、なにかの事故で武者殺しに関わった人間が左腕に怪我して死んだらどう思う?」


「祟りかも知れないって……」


「まあ、そうだよね。で、『二人目の犠牲者がでたら』」


 当時の人々は、間違いなく祟りだと信じ込んだに違いない。


 現代人にしても偶然にしては出来すぎだ、と思い、陰では祟りではないかと噂するだろう。


「実際、そんな話を先代のミコ様から聞いたことがある。以来、時間がたつにつれて信仰は変質していった。自分から左腕を捧げたり、そういう人間のほうが『ウデナシ』って呼ばれてえらくなったり……つくづく馬鹿馬鹿しい話だよ。だからね、陽介も気負わなくていいよ。私も村ではいろいろ演技とかしていたけど、それはみんなにそうすることを求められていたから」


 かなりの衝撃ではある。


 だが案外、古来からの因習の裏側などこんなものかもしれなかった。


 因習そのものが恐ろしいのではない。


 そうしたものを盲目的に信じ込み、社会常識から逸脱した行為を平然と行ったり、人にやらせたりする人間こそがもっとも忌むべき存在なのだ。


 陽介とミコが本殿から出ると、黒宮が不安げな顔をして待っていた。


「二人とも大丈夫だった?」


「当たり前でしょう?」


 ミコが子どもみたいに笑った。


「私も陽介も『かいな様』の身内みたいなものだよ」


「私も何ていうか……ご挨拶くらいしたほうがいいのかしら」


 黒宮の問いにミコが肩をすくめた。


「さあ? 自分で好きなようにすれば」


 特にミコは意地悪で言っているわけではないようだ。


 もともとの性格だろう。


「ところでミコ、さっきの話、黒宮にしてもいいか?」


「いいよ」


 なんでもないことのようにミコが答えた。


「実は……」


 途中でミコが甘えてきたり、抱きついてきたりで邪魔が入ったが、なんとか話し終えた。


 やはり黒宮も驚いたようだ。


「でも、そういうものかも。プラシーボ現象と言って、効かない薬を患者に投与したら病気が治った、なんて話はあるし。つまりここの信徒たちはみんな集団でそういう暗示みたいなのにかかっているってことね。あの動く腕みたいなのはみんな例の蛇だろうし……だとしたら、この村にはもともと怪異なんて存在しない」


「ただ因習はちゃんと存在したわけか。そのせいで大量の人間が死んだ」


「まあ、一番、後ろで糸をひいているのは下の『総帥』だろうけど」


 ミコの言葉は初耳だった。


「『総帥』?」


「『外』のグループの、一応のトップ。まだ若いらしいけど……ただ、どんな相手かわからないのよね。男とも女とも言われてるし……誰か怪しい人、いなかった? 性格からして、こういう『お祭り』には絶対に出てくると思うんだけど」


「おいおい」


 太い男の声がした。


 十代には見えない男が、血刀をひっさげている。


「なんか楽しそうな話してるな。俺たちもまぜてくれよ」


 上野だった。


「お前……生きてたのか」


 陽介の言葉に上野が笑った。


「ひどいなあ、陽介。俺たちは丁半賭博とか一緒にやった仲間じゃないか」


「仲間はイカサマつかったりしない」


「知らねえのか? イカサマはばれなきゃイカサマじゃねえんだぜ」


 上野の横にいた妙に目の大きな男が言った。


「それで、なにが目的だ」


「なに、せっかくこんな場所にきたんだ。噂の『かいな様』を一目、見たくてな」


 絶対にそれだけが目的ではない。


 ただ上野という男のややこしさは「それも本当に目的に含まれているかも知れない」という点だった。


 どうにもこの男はやりづらい。


「入りたいならご自由に」


 ミコが冷え冷えとした声で言った。


「ただ『かいな様』に失礼があったり、危害を加えたりしたらなにがあってもしらないから」


「俺だってそこまで罰あたりじゃねえよ」


 あの上野でさえ『かいな様という古い暗示』に影響をうけてしまっている。


 その間にさりげなく陽介は上野の配下の数を数えた。


 合計で五人。


「しかしあんたらもよくさっきの地震で生き延びたな」


「地震……地震ね」


 陽介の言葉に男たちが顔を見合わせて嗤う。


 やはりあれは人工的なものだったようだ。


 そして上野たちはそれをよく知っている。


「ちっ……まさか、ここまで穢されるとは」


 振り返ると定と御厨がいた。


「ミコ様! あいつらは……」


「かまわない。私が許可した」


 冷静な口調でミコが言った。

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