ギャルは俺に作曲を頼む2
喫茶店を出た後、俺は土手の近くを歩いていた。昴の「生き生きとしていた」という言葉が思い浮かぶ。確かに、俺は作曲が好きだ。でも、もうあの時のような思いはしたくない。
物思いに耽りながら歩いていると、土手の下の方からギターの音が聞こえた。……はっきり言って、下手くそな演奏だ。
何となく気になって土手の下を見てみると――そこには、天音がいた。
「あー、もうっ、このメロディー難し過ぎるでしょ!」
天音は、グチグチ言いながら何度も同じメロディーを練習していた。よく聞くと、その曲は俺が以前作ったものだ。
楽譜は手に入れているんだろうけど、よくもまああんな難しい曲に挑戦する事にしたもんだ。まあ、俺には関係ない。軽音楽同好会に協力するつもりもないしな。
俺はその場を立ち去ろうとしたが、何度も下手なギターの演奏が耳に入り、とうとう我慢が出来なくなった。天音の方にズカズカと近寄った僕は、天音に話し掛ける。
「天音」
「うおあっ!!」
天音が変な声を上げてこちらに振り返る。
「な、何だ、池本かあ。びっくりさせないでよ」
「びっくりしたのはこっちだわ。お前、何部活動紹介で『春の夜にスキップ』を弾こうとしてるんだよ。作曲した俺が言うのもなんだけど、上級者向け過ぎだろ」
『春の夜にスキップ』とは、今天音が練習していた曲のタイトル。中三の時、「たまには女の子向けの曲も作ってほしい」と動画サイトの視聴者に言われて俺が作った曲だ。
『春の夜にスキップ』は、失恋した高校生の女の子が、傷つきながらも前を向こうと決意し、塾の帰りに夜の街でスキップをするというコンセプトの曲だ。今から考えると、街中でいきなりスキップするとか、リアリティが無いにも程があるが。
天音は、目を伏せて言葉を紡ぐ。
「……私さ、中学の時、失恋したんだよね。その時、『春の夜にスキップ』に元気づけられてさ。……だから、新入生にも聴いてもらいたいんだよね。『春の夜にスキップ』を。池本の作った曲を」
「……」
何だろう、この気持ちは。『ドライエック』の名は捨てたはずなのに、温かい気持ちになる。嬉しい気持ちになる。でも、それと同時に苦しい。こんな気持ちになるはずじゃなかった。
俺は、自分の気持ちを誤魔化すように言った。
「天音、ギターを貸してくれ。俺が教える!」
「え、池本ってギター弾けたの!?」
「ああ、『ドライエック』の活動に役立つかと思って、昔から練習してた」
天音からギターを受け取ると、俺はまず自分で『春の夜にスキップ』を弾いてみた。よし、腕は鈍っていないようだ。まあ、音楽活動を辞めた後もギターの演奏はたまにしていたからな。
演奏が終わると、天音は一瞬茫然とした後、目を輝かせて叫んだ。
「凄い、凄いよ、池本!! 原曲と少し雰囲気が違うけど、めっちゃ感動した! 元気になった!」
「そ、そうか……。って、感動してる場合か。部活動紹介まであと約二週間。それまでに、もっと上手くなってもらわないと困る。俺の曲の印象が悪くなるだろう!」
「あ、言ったね? じゃあ、今日から部活動紹介の日まで毎日練習に付き合ってよ。春休みもここに集まってさ」
「ああ、分かった。でも、俺の指導は厳しいから覚悟しておけよ!」
こうして、俺は天音と連絡先の交換をし、毎日ギターの練習に付き合う事になった。天音はギターの腕前こそ拙いものの、歌声はハリがあって聴いていて気持ち良かった。飲み込みも早く、ギターの腕も上達しているのが分かる。
二週間で出来る事なんて限られているが、それでも俺らは一生懸命ギターと向き合った。
そして、あっという間に四月七日がやってきた。その日、俺らは高校二年生になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます