受験期にオーディションを受けた理由

@hat_yumm

受験期にオーディションを受けた理由

歌のオーディションの二次審査の面接では、やたらと褒められた。


「17歳は一番大事な時期だからね」

「いや、本当に上手かった」

「今回、特に評価が高かった方なんですよ」


何度も、そう言われた。


最初は素直に嬉しかった。認めてもらえたことが、単純に報われるような気がした。

でも、繰り返されるうちに、あ、これはたぶん――と思った。


これは「期待」じゃない。

“この子は商売になるかもしれない”っていう、目利きのような視線だった。

私の中身じゃなくて、「使えるかどうか」しか見られていない気がした。


合格通知の確認の電話でもまた、「特に評価が高かった方なので」と言われて、

その言葉の軽さだけが、耳に残った。


親戚のおばさんには「危ないから気をつけなよ」と言われ、

お母さんには「大学行かないって選択肢はないから、今じゃないでしょ」と言われた。

お父さんは「すごいね」と言ったあと、「倍率どれくらいだったの?」と聞いてきた。


「三分の一くらい……かな」


「じゃあけっこう受かるんだね」


その言葉に、あ、って思った。

なるべく軽い出来事にしておきたいんだな、って。

入らない方向に、気持ちが傾かないように、サラッと処理して、受験のレールに戻したいんだなって。


たぶん、悪気はない。でも、なんかちょっとずれてる。

私がどう感じたかじゃなくて、それが“すごいこと”だったか、“危ないこと”じゃなかったか、

“現実的にどうか”ばかりが気にされていて、

そこにいた「私」は、誰もあまり見ていなかった。


昨日、知り合いのおじさんがぽつりと言った。


「え、それすごいじゃん。ちゃんと褒められたんでしょ?」


それから、


「この時期にオーディション受けたってことは……なにか理由があったの?」


不思議なほど、その一言だけが、まっすぐ響いた。

過剰でも軽くもなく、ただこちらに視線を向けるような言い方で。


歌手になりたいってわけじゃなかった。

でも、今のままでいいのかって迷ってたのは本当だった。

気持ちの行き場がなくて、挑戦してみたくなった。

そういう心の動きが、確かに私の中にはあった。


それに気づこうとしてくれたのが、その人だけだった。

両親でもなく、親戚でもなく、ただの知り合いの大人だったことが、

少し寂しくて、でも確かに嬉しかった。


結果がどうだったかじゃなくて。

私が、どんな気持ちでこのオーディションを受けたのか。

どういう思いで、歌っていたのか。


ただ、それを知ろうとしてくれる人が、ほしかったんだと思う。




でもこの気持ちも、

たぶん私は、忘れていくんだろう。


私もいつか、

あのときのお母さんたちみたいになるのかもしれないな。


それがちょっと、こわい。

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