第十一章「幼子に宿る暴食の珠」(後半)
――光が爆ぜた。
風と樹の陣は一瞬にして掻き乱され、術式は崩壊寸前。
蒼翔の膝が落ち、額には冷や汗。柚葉も肩で息をしながら、膝を地に着いた。
「だめだ……霊力が持たない……!」
「このままじゃ、珠の力に術が喰われます……!」
結界がきしみ、皇子の身体が苦悶に捩れる。
珠は暴食の気配を濃くして、親王の胸元に黒い瘤のように張りついていた。
「封じる力が足りない……!」
蒼翔の叫びに、里沙が駆け寄る。
「蒼翔、柚葉! 霊力の流れが偏ってるの! 双魂陣の“対等の環”がずれてる! 今の状態じゃ、蒼翔の霊が片方だけ過負荷になってる!」
「どうすればいいんですか!?」
「簡単よ、“主導”を変えればいい。今までは蒼翔が主導してた。けど――」
「今、主導を“私”に?」
柚葉の目が大きく見開かれる。
「蒼翔さん、任せてくれますか……?」
「……お前なら、やれる。今は、俺よりずっと冷静で、強いから」
そう言って蒼翔は、式神の氣の流れを反転させた。
陣の中心、親王の真上に浮かぶ“暴食の珠”が、抵抗するように脈打つ。
「〈桂狐〉――指揮、私が取る」
柚葉の声が、静かに陣に響いた。
「風は私が導く。あなたはただ、私に霊を重ねて」
「――了解。全部、預ける」
蒼翔が札を伏せ、支援の陣を下層に展開。
その上に、柚葉の術式が重なり、風と樹の氣が再び融合する。
「双魂陣・主導交代……再展開」
柚葉の指先が、珠の輪郭を描く。
「暴食の本質は、“飽き足りぬ心”。それは、欠けた愛に飢えた魂。けれど……飢えは、優しさで満たせる」
桂狐の尾が、ゆるやかに揺れて親王を包み込む。
狐の光が珠の周囲を包み、風がそれを静かに締め上げる。
「珠を包囲、反転、再霊結――!」
陣が発光し、珠が悲鳴のような波動を放つ。
そして。
ぽん――
乾いた音とともに、珠は親王の胸元から外れ、ふわりと宙に浮かんだ。
蒼翔が即座に補助札を投げつける。
「封呪――《風牢・環封》!」
珠が蒼い鎖に包まれ、静かに地に落ちた。
皇子は、眠るように深く息を吐き――
身体の膨張が、すう……と引いていった。
後庭の外。
夜の風が冷たく吹き抜け、蒼翔と柚葉は並んで腰を下ろしていた。
「助かった……」
「ええ……間に合いましたね」
二人の間には、安堵と、そして静かな達成感があった。
「……なあ、今日の指揮、お前が取って正解だった。あれは俺には無理だった」
「でも……あなたが霊を繋いでくれたから、私は動けました。どちらが欠けても、救えなかったと思います」
「……ありがとな、柚葉」
「こちらこそ。蒼翔さん」
ほんの少しだけ、二人の指先が触れた。
それはまだ“恋”と呼ぶには遠くて、
けれど“絆”という言葉には、十分に重たかった。
夜が深まり、月が高く昇る。
その下で、蒼翔と柚葉――契約夫婦の二人は、
確かに今、“運命”を分け合っていた。
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