第八章「封じられし八つ首の地図」(後半)
桂家の文庫蔵の奥。
古い書見台に巻物を広げた柚葉の指先が、筆運びの緻密な文をなぞっていた。
「……“八口の眠り”が指すのは、八つの怨念珠。そして“仮面にして顔を持たぬ”とは、姿形を持たない本体……」
彼女の隣では、蒼翔が腕を組み、難しい顔で天井を見ている。
「式神のように、霊的な核を持って浮遊する存在か……」
「核が“簾守山”の地脈芯と繋がっているとすれば、やはりこの場所が決戦の地ということになるわね」
柚葉は、さらに古文書を一冊引き寄せた。平安時代の記録『封鬼考』。そこには、式神術以前の土着信仰と怨霊封印術についての走り書きがあった。
「地は八に割れ、尾は虚に垂れる。目無き者、芯に宿りて、時を待つ」
「“尾”って……怨念珠のこと?」
「おそらく。つまり“八つ首”とは、珠そのものではなく、“芯”から延びる八本の霊的な“尾”だった可能性があるわ」
「じゃあ、珠を全部回収しても、“芯”が残る限り、魔障は不滅……?」
柚葉は黙ってうなずく。
「ただ、逆に言えば、“芯”に近づけるのは全ての珠を封じた時だけ。双魂陣の最終段階を用いれば、可能性はあるわ」
蒼翔は、静かに息を吸った。
「……あと五つ、か。次の標的は?」
柚葉が広げた結界図には、いくつかの不規則な波動が記されていた。
「候補は三つ。けれど、最も異常が顕著なのは――五条大橋」
「五条? まさか、あんな市中のど真ん中に……?」
「そこに“傲慢”が出るかもしれない」
柚葉は地図の上を指でなぞる。結界の流れが不自然に膨れ、波打っている部分。そこに“高まる力”が集まっていた。
「出過ぎた主張、過剰な自己顕示……“傲慢”の本質は、自らを大きく見せたい欲求。その力が顕現するなら、舞台は人の集まる場所が相応しい」
「……なるほど」
蒼翔は巻物を片付け、立ち上がった。
「じゃあ、次は派手な“舞台”で一芝居、打つか」
彼の背中には、先ほどまでとは違うものがあった。
無鉄砲さだけではない。予測し、考え、仲間と共に動こうとする意志――それが言葉の節々に宿っていた。
柚葉は、その変化を確かに感じ取っていた。
「蒼翔さん。あなた、変わりましたね」
「そうか? 自分じゃよく分からないけどな」
「以前は、風のようにどこか“逃げてる”ように見えた。でも、今は……私と並んで、“先を見よう”としてる」
「そりゃまあ、女房が優秀だと、自分も少しは頑張らないとな」
「……今のは、褒めていいのか、怒っていいのか迷います」
「どっちでもいいさ。どうせ明日は忙しいんだ。さ、そろそろ帰るか。明け方の風は、頭を冴えさせるからな」
柚葉は静かに笑って、立ち上がった。
文庫蔵の障子が開き、夏の夜風がふわりと吹き込んだ。
そこに微かに混じっていたのは、次なる珠の気配――“傲慢”の息吹だった。
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