もう終わってもいいと思った
糸花てと
前編
自らの人生に終止符を打つ者は、年間――…
映画のポスターが表示された電子看板。キャッチコピーを横目に、若者らは笑って過ぎていく。その中で一人、アセビは文字を目で追った。
広い室内。クラス分けは無いが、年齢で大まかに区分がされたエスカレーター式の学校。
天井の四隅で赤い点滅を繰り返すカメラ。AIが生徒一人々を判別し、記録している。
「アセビはやりたい事ある?」
「やりたい事?」
生徒一人々を記録しているカメラ。その個人情報は日々蓄積されていき、進路相談では生徒一人々に合った将来が用意されていた。
だからアセビは、友人の質問に疑問で返した。
「ほんとアセビってあっさりしてるよね。まぁそういうところが、付き合いやすいんだけどさ」
友人はそう気持ちを並べると、カメラを見上げた。
「毎日行動が記録されてて、正直、授業なんてのはオマケ。その時、その時でどんな行動をするのか。それが大事。向いてる職業が渡されたら、その通りに進む。普通はそうだけどさ、逆を行ってみたいって思わない?」
用意された将来。それは正しくて生活に困らない選択。自分に合っているのに、わざわざ違うことを選択するのはどうなのか。
アセビは小首を傾げたまま止まる。
「あっさりのアセビがそんな考えるとは思わなかった。意外。まぁ、あたしがそう思うってだけだからさ。アセビは自分らしく居てよ。じゃあね」
そろそろ休憩が終わる。友人は選択している授業を受けに部屋を出た。
今にも降りそうな灰色の空で、ドローンが飛ぶ。信号待ちで、アセビの隣に配達ロボットが停止した。
信号が青になると、配達ロボットも同時に動き出す。少しの段差も想定されて造られたタイヤでどんどん進んでいく。
集合団地に着く。階段を上がり、部屋の前。頭上のカメラがアセビだと判別し、扉の鍵が少しの間だけ解錠された。
「お母さんか……。用心深いな」
ドアノブの上、ディスプレイに手の形が表示してある。生体認証だ。アセビは右手を広げ、ディスプレイに手のひらをつけた。
認証され、解錠された。扉を開ける。さっきまで施錠してあった部屋だ、誰もいない空間にアセビは声は出さずに口を動かした。ただいま、と。
18時30分、母親が帰宅し、夕食となった。
50インチ、壁掛けのテレビが空間を彩る。
「アセビは将来、何になるのかしら」
「それは、やりたい事が決まってるかって事? だったら無いよ」
昼間のこともあり、アセビはほぼ即答だった。
「進路相談で何が向いてるか、話があったりしてないかなって思っただけよ。お母さんの時代と違って、三者面談が廃止になっちゃったからね」
「保護者は自由に知れるんだから、先生に聞いたら?」
「カメラで記録してあるから、申請すれば映像を見せてもらえる。それは知ってる。けどね、お母さんの時代と違うから、行動全てが筒抜けで親になんにでも突っ込まれるって嫌じゃないかなって思うのよ」
「嫌なのかな……?」
「クラスの数人が揉め事をしてた。偶然アセビがいて、話を聞いてる状況。映像には傍観の姿だけが映ってる。どうして仲裁に入らなかったのか。どうして大人を呼びに行かなかったのか。その映像だけで判断されるのって、どう思う?」
母親にもしも、を問いかけられ、アセビは考える。
「……確かに、説明はしたくなるかも。言い分はあるんだって」
「そうでしょ? ちなみにだけど、そういう状況になったらアセビはどうする?」
「状況の整理かな。当人たちの言いたいことをまず聞くよ。殴り合いになりそうなら、先生を呼ぶし。というか、AIが判断して職員室に通報がいくと思う」
「ふふ、そうね」
ドローンは飛び、ロボットは走行する。夜になっても明るい街に少しだけ目を向け、アセビはベッドへと入った。
広い室内では、人数を限定して、進路相談が行われた。
職員はタブレットに目を通し、AIを使い収集した個人の記録を話していく。
「アセビさんは製造関係が合っていると、AIの結論が出ているわね。冷静だし、問題が起きても分析して乗り切ってくれそうだし。アンドロイドとも上手くやっていけるんじゃないかしら」
聞いていることを示すように、アセビは数回頷き返した。
「職場の見学をするってことは、普段の様子を見せても良いって同意してることになるのは把握してる?」
「はい。それでお願いします」
「ではそれで手続きしておくわね。話は以上です。お疲れ様」
アセビの普段の様子は、企業側から好感触で、トントン拍子に話は進んでいった。
学校を卒業し、職務を全うする日々。ある日、学生時代の友人数人から久しぶりに会おうと連絡が来る。
メールのやり取りで決まった待ち合わせ場所に、1台の車が停まる。
「アセビ〜! 久しぶり。元気してた?」
「うん、まぁ、元気だよ」
窓越しに確認できた、後部座席に居る人の存在。
「子ども生まれてね〜。あ、前と後ろ、どっちに乗る?」
荷物を移動させるのは手間だろう、アセビは後ろを選択した。
時おり、赤ちゃんがくずりそうになる反応にアセビは驚く。目的地に到着し、車は停まった。
ネットを通して大まかな様子は知っていたが、実際を目にすると情報は膨大でアセビは困惑する。
「ほんと久しぶりだよねー。アセビは重大発表とかないの?」
「特に……?」
「結婚願望は?」
「……別に」
結婚願望が無いことを、友人は知り合いにもそういう人がいると肯定しつつも、気にしてくる空気を出してくる。
夕焼け。忙しくなる時間帯だろうと考えを伝えつつ、内心は帰りたくて必死だった。
1日の終わり、友人たちとのメールで楽しかったと文字だけを並べた。
同級生だけど、母親で。
いつも通りに出勤。普段通りの動きのアセビに、セアは声をかけた。
「友達と会うってことで休み取ってたらしいね。良い休日になった?」
昨日の今日だ。現状を肯定しつつも、そのままでいいのかと、無言の圧。キャパオーバーだった。
「もう終わってもいいと思った」
「……なにが?」
「人生?」
「友達と会って何があった? 喧嘩でもしたか?」
「してない」
「じゃあ何で、終わってもいいって」
「考えすぎたとは思う。同級生だった。それが大人になってて、親になってた。人生においてそれが正解のような……」
最後まで聞き終えたセアは、口を開く。
「アセビってさ、AIの診断でここを選んだんだって?」
「というか、それが一般的なんだけど」
「まぁそうなんだけど。俺は、俺自身で選んで来たんだよ。これは嫌味じゃないから、素直に聞いといて」
アセビの表情が曇りかけた。
「いろんな選択肢がある中で、ひとつだけしか知らないのは、しんどいだろうなーって。今アセビの話を聞いてて思った。で、友達の現状を知って、それが正解だとか思ってるってことは、アセビが選んできたことは間違いだと感じてるわけだ」
視線が半円を描いたのち、アセビは頷く。
「それから、アセビの性格からして、テンションが上がることそんなに無いよね。……語弊があるな。誰が見ても楽しんでるって分かりやすい反応が、低いよね。人のいろんな選択を見たら、正解なんてものは無いんだけどねー。少なくとも、終わりにしようなんて考えは無くなると思うよ?」
「……それ以前から、もう充分生きたと考えたりしてる」
数秒間の思考の末、「アセビの好きな食べ物知らないなぁ。今度教えてよ」とセアは言う。
「加工品……?」
「はっきり好きだと言えるまで、俺に付き合ってもらう」
あからさまに嫌な表情をするアセビに、セアはしたり顔を見せた。
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