消えた世界のフラグメント

黒嶺イブキ

第1話:消えたはずの影

雨が降っていた。灰色の空から静かに落ちる冷たい雨粒が、荒れた街をじっと濡らしている。ネオンはかすれ、錆びた建物の隙間からぼんやりと月の光が漏れていた。


僕−三影理央はフードをかぶり、無表情で濡れた路地を歩いていた。街はもはや、かつての姿を留めていない。人もまばらで、廃墟みたいだ。


昔からずっと、胸の奥に違和感がある。この街ではおそらく、人が消える。でもその人が、まるで最初からいなかったかのように扱われる。誰もそれに気づかない。記憶も、記録も消えてしまう。世界がその穴を無理やり塞いでいるみたいだ。


僕だけがその異変を感じている。誰にも言えないけど、確かな違和感。心の中で「おかしい」と思っても、外には何も変わっていないように見える。


手にした電子端末の画面には、僕が密かに集めた名前や場所が並んでいる。消えたはずの人たちのデータは、どこにも残っていない。見つめていると、自分の存在もいつか消えてしまうんじゃないかと思えて怖くなる。


水たまりに映る自分の顔を見て、無意識に眉をひそめた。目の奥には、理由もなく重たい感情がわだかまっている。何でこんなことが起きているんだろう。僕は何をすればいいんだろう。


ふと、背後で金属がきしむ音がした。振り返ったけど、そこには誰もいなかった。ただ、ほんの一瞬冷たい視線を感じたような気がした。


その夜、夢を見た。消えたはずの人たちが、薄暗い霧の中で手を伸ばしている。でもその声は届かない。世界は彼らをそっと隠しているみたいだ。


目が覚めて、僕は静かに息をついた。荒廃したこの世界で、何かが確実に壊れ始めている。その兆しを、僕は感じていた。


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