嘘つきな君からのラブレター
透乃 ずい
第1話
好きなことはピアノを弾くことと絵を描くこと。嫌いなことは特にないけど、苦手なことは笑うこと。だけど悲しい顔を見せることはもっと嫌。
でもね、あなたがいたから私は笑えたの。あなたがいたから頑張れたの。
あなたのことが好きだから。
…………
お昼休み、今日も音楽室へと向かう。この時間が私にとって一番好きな時間だから。
旧棟にある音楽室の扉を開ければ、黒いピアノが姿を見せる。
椅子に腰をかけて、ふたを開ければ赤い布を取った。
「ふふっ…!」
幼い頃に母から習っていたピアノは、今でもちょっとだけ弾ける。家にはもうピアノがないから、学校で弾けることが嬉しい。
鍵盤に指を添えて音を鳴らせばテンションがあがった。ピアノがあるからこのお昼の時間の空腹も紛らわせることができる。
いつも一人のこの時間は幸せだ。無理に笑う必要もないし、誰かに気を遣う必要もない。
そう思ったら急に涙があふれてきた。最近は泣かなくなっていたのに、いろんなことを思い出して泣きたくなる。
学校が終わったらバイトして、家に帰ったらお酒に酔ったお父さんに殴られる。
家に借金取りの男の人が来たら、バイト代を渡して…。
耐えられないけど耐えなくちゃいけない。私に逃げ場所なんてないんだから。
「ひっく…うえぇん…うわぁあああん…!」
ピアノの音が途絶えて、顔を両手で覆った。
音楽室はいい。ピアノはあるし、声を出しても外には聞こえない。
私の唯一のくつろぎの場所だ。
だけど、今日は違った。
ガラッ…とドアが開く音がして、顔をあげれば準備室から人が出てくる。
「ぇ……?」
背の高い、黒髪の前髪で目元を隠すようにしている生徒。同級生で別のクラスの
もさ男とか陰キャとか言われてる生徒だ。
まさか人がいると思わず、涙が止まってしまった。
川島くんは私のもとに近づいてきて、ピアノに触れる。
「音、外してた」
「え…?」
「今日はもう弾かねぇの?」
今日はって…。
「まさかいつも準備室に…?」
「ああ」
そう言われた瞬間、顔が沸騰するように熱くなった。
自分しか聞いてないと思ってたから、好きなように好きなだけ弾いてしまっていた。まさか人がいるとは知らず…。
「ご、ごめんなさい!」
「なんで?」
「いや、だって…人がいるなんて…」
「あー…まあ。音聴きながら寝てただけだし、別に」
「ね、寝てた?」
「ああ」
子守歌の役割をしていたとは…。
というか最初のころ、泣いてたんだけど、まさかその時からいたのかな?
「久しぶりに泣かれて睡眠妨害」
「うっ…」
「まあ必要なら泣けばいいけど。ってか…細いな」
「え…?」
川島くんの視線が私の手元を見ていて、咄嗟に隠してしまった。
最近は痩せたねって言われることが増えたけど、初対面の人にまで言われるとは…。
「だ、ダイエット中だから」
いつもの文句にへらっと笑いながら言うと、川島くんは自分のポケットに手を突っ込んで飴玉を取り出した。
「どーぞ」
「え?」
「ダイエット中でも、これくらいなら食ってもいいだろ」
「いや、でも…」
「子守歌のお礼」
手のひらに飴を乗せられ、私の目からは涙がまたあふれた。
甘いもの。食べ物。
バイト先以外で、誰かに気にしてもらったのは久しぶりだ。
包装紙を破いて飴を口に入れると、ミルクの甘さにさらに涙があふれる。
バイト先のまかないが一日の食事のようなもので、甘いものを食べるなんて久しぶりすぎる。
「おい、しい…、おいしい…。ありがとう、川島くん」
「いーえ。あんたの名前は?」
「ひまり。一ノ
今日のお昼休みはずっと泣いて、川島くんはただそばにいてくれたのだった。
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