13 腐っても鯛
「まぁ、お前がやらかすのなんて
いつもの事なんだから別に気にすんなって」
今にも吹き出しそうな顔で俺を慰めている。
小夜との買物と、ついでに佐藤さんの一件。
「この前、どうだった」なんて。
珍しく興味ありげに聞かれたから、教えた。
……期待通りの面白可笑しい展開だったらしい。
俺が語った内容を考えれば、その感想は正しい。
「……神崎さぁ、慰めるなら顔と発言を
一致させる努力をしろよ、腹立つから」
「いや、マジで笑うなとか無理だろ」
「学ラン着て……デート行くとか、ルナルナとか
1日で黒歴史どんだけ増やしてるんだよ」
「うるさ、ローファーも磨いたし、学生鞄は……。
持ってかなったけど、真面目にやった結果だっての」
「あー……お前のその本気って言葉だが、
至極、真面目にって意味で言ってんなら軽蔑するぞ」
「どっかでウケ狙いってか……
本気で嫌われんのが怖いから、着てったろ?」
急に神崎はさっきまでの表情を引っ込めて、
まるで、説教みたいな調子で文句を俺に言う。
「急に真面目になるの、なに?」
「まぁ……少しは思ったよ。学ランだったら、
お揃いだねとか、せめてダサいとまでは言われない」
「それは期待したけどさ……」
「適当に済ませようとしてんなよ」
「別に、適当に選んではねぇよ」
確かに、あの日帰った後にそれこそ数時間くらい、
ちゃんと悩んで行くための服を選んだ。
何を着ていけば良いかなんて、どれも場違い。
学ランなんて候補にすら上がらない、それに決めた。
ちゃんと、考えた結果の選択だ。
「お前そんなんばっかやってると、
いつか手痛いしっぺ返し喰らうぞ?」
「何の話だよ……」
「誰もが思った事そのまま口にしてない
それは、お前が分かってるって話だろうが」
「こっちは笑えるからどうでもいいけど、
好きとかほざく相手に対しての態度じゃ無いだろ」
何に対して、何を怒られてるのか。
……分からないわけでは無い。
ただ、神崎の方こそ別に悩みはしない、
偉そうにそんな講釈を垂れられる筋合いも無い。
その苦悩も、分かろうとしない。
「好きだから、悩んだ結果って分かんない?」
「俺だってオマエ相手なら服とかどーでもいいよ」
「ダセェって言われたら改善すりゃ良いだけだ」
「機会すら失って、相手が何も言わなかったら、
お前は一生ウケ狙いで学ラン着んのか?」
「デートのたんびに?それこそキモいだろ」
「お前がそれで良いなら、どうでもいいけどな」
それ以上何も言う気が無くなったのか、
神崎は煙草に火を付けて黙った。
……小夜に言われた、台詞を思い出す。
「はぁ……小夜にもおんなじ事言われたよ、
勝手に知った気になって、思い違いすんなって」
「お前の場合、思い違いってか思い込みだけどな」
「まぁでも、そんな感想を言うって事は、
ソイツはよく見てるし、気にしてんだろ」
「そうやって思われてんだから向き合えよ、
今更に何やったって、今以上しかないだろ」
「まぁ……頑張ろうとはしてる」
「別に本気じゃないって疑ってはない」
「ただ、お前のそれを見て本気だなって、
言えるの、オマエの事を知ってる俺くらいだぞ」
そうして、黒歴史なんて第一弾。
制服でデートに臨んだ罪の禊は終了だろうか。
……それ以上に問題なもう一つの話題。
以降に続くだろう苦言を思って、溜息を吐く。
「制服の件はもうおしまいとして、
ルナルナに登録した方の説教聞くよ」
「いや、そっちは別に?」
「やり方はキモって思うけど、相手がどう思うか
知りたいとか、駄目な時に優しくしたいとか」
「それは普通にお前の良い所だからな」
「俺ならそんな都合知らんし、不機嫌とか関係ないし、
情緒の管理くらい自分でやれってキレる」
「男には分かんないから。とか思ってそうで、
その発言に普通にムカつくだけだから」
傍若無人な態度は今も変わらない。
デリカシーない男代表みたいな意見は神崎らしい。
――たとえ思ってたにしろ、
公然と発言するのは控えたほうが良いと思う。
この、ご時世では特に危ない発言だ。
……今度、忠告しといてやろう。
「デリカシーあるのか、無いのか分かんねーな」
「それでも勝手にそんなん登録する
お前より世間一般マシだと思うけどな?」
「……それは否めないから、俺の負けでいい」
むしろこの有り様で勝てる相手を知りたい。
それは、素直に思うから、一応認めた事にしとく。
「……なら、どうすりゃ丸かったと思う?」
「知らんが……まぁそれは難しいな、
どうしたって角が立つから全部間違いだ」
「全部が不正解なんて解答アリかよ」
「その為の触らぬ神に祟りなしって言葉なんだよ」
聞いても駄目で、聞かなければ分からない。
知れば嫌悪感を思われ、
知らないと言えばモラルが無い。
それは確かに不正解というより。
設問がそもそも間違いというのが正しく見えた。
角が立たないだなんて正解は用意されてない。
そんな、意地の悪いひっかけ問題だった。
それに対する回答は沈黙だと神崎は言う。
でも、どうしても俺はそうだと思えなかった。
「じゃあ、神崎は彼女に言われたらどうする?」
「面倒だけど……体調を知りたいから
メール届くように登録しようか?って聞くだけだ」
「……それが正解だった?」
「はぁ……彼女が相手ならって前提なら、だ」
「彼女でもない他人の情緒、そんな事情。
知りたい方が頭がおかしいってだけの話なんだよ」
「……他人のこと知りたいとか、
駄目な時には優しくしたいって、おかしいか?」
この世の大多数を占める、他人。
友達だの、恋人以外の人間は、信用に値しない。
神崎の言葉は、俺にはそう聞こえた。
「これはお前の良い部分だから、別に言いたくない」
「でも、お前は他人に対して共感し過ぎだ」
「必要なもんの取捨選択が出来てない
……相手に合わせすぎって言ったら伝わるか?」
「バイト先の……佐藤だっけ?それもおんなじで何で他人のそんな事情を知ったこっちゃないって思わないのか俺には理解できないけどな」
――佐藤さんからの恋愛相談。
俺としては、上手くやれたつもりだった。
……どうやら、それすら神崎は一言あるらしい。
「お前が何でそんな事したのか言ってみろよ」
「心底しんどそうに恋してて……見てて辛かったから」
辛そうに話していた。
俺はその気持ちが分かってしまった。
それに共感したのは認める。
「それは、お前の痛みじゃないだろ」
「でも、それが分かるのが……」
「分かるから何だよ、お前が損を被って
解決してくれって相手は言ったのかよ?」
「俺が勝手にやった事で、佐藤さんは悪くねぇよ」
「ソイツが悪いとかの話してねぇから」
単に他人の痛みだと切り捨てることが出来ない。
傍目に見た結果としては俺が損を被った。
……そう感想を抱かれるかも知れない。
ただ、俺自身はそんな事を思ってない。
もし佐藤さんの内心が本当にそうだったとして。
俺が思い違えたなんて自業自得の結果だ。
「お前はソイツの事が好きなの?」
「好きだから、いい顔したかったのか?」
「それは……別に何とも思ってない」
店長と上手く行ってくれたら嬉しいと思っている。
結婚式で祝辞位は読んでいい活躍をした。
自分の行いをそう自負してる。
「お前はその辺のネジがぶっ飛んでんだよ」
「せめて、自覚しろ。他人だって」
「他人救っても、誰もお前を救ってくれない」
「選べなんて、フイにするなって言ったくせに
自分が平然とそれをしてるのは、何なんだ?」
「……全部が損得って、他人ってそれだけなら
俺も神崎だって最初は他人だったろ」
他人がそこまで悪だというのなら。
俺と神埼だって最初はそうだった。
……何を言い返したいか、分からない。
それでも、俺は神埼に問う。
「そうだな、だからお前には感謝してるよ」
「損得抜きで居てくれて救われたって思う時がある」
「なら、友達のお前が、他人に感けて損したり、
良く知らない奴に変だと思われたりすると腹立つ」
「俺が言ってることは、そんなに変か?」
「……なんだよそれ」
「もっとちゃんとやれって、勿体ないから
彼女ぐらい作れって思うのは間違ってるか?」
「好きだって、普段されない相談されて、
本気でやれってアドバイスするのは違うか?」
「別に……そんな事は無い」
「誰も都合よく喋ってるって、言わない間違い
それを指摘するなんて友達しか居ねぇんだよ」
「はぁ……マジでめんどい、男相手に臭いこと言う
とか俺の情緒が終わるから勘弁してくれ」
――いつになく、真面目だった。
そんな風に語ったのは……過去に一度きりだ。
学校を辞めると俺が神崎に告げた、その時だけ。
あまりに下らなくて、馬鹿馬鹿しい事件。
語るだけ無駄な黒歴史。
これ以上、思い出すのを辞める。
「……んで神埼、これ結局何の話だった?」
「お前、俺の話聞いてたのかよ」
「心の隅に留めとこうってお前よりは聞いてた」
「要約すると、1個忠告してやるって話だ」
「じゃあ最初の聞くだけ……まぁ、
無駄ではなかった為になる話だけど、さっさと言えよ」
真剣にそんな話をするのは気恥ずかしい。
だから、さっさと終わらせてほしい。
「はぁ……思い出す場面がなかったら、
それに越したことは無いけどちゃんと覚えとけ」
「どんなに探しても間違いなんて時は自分の得を
優先しろ、どうにも出来ないことの方が多い」
「他人の痛みに共感すんな、所詮は他人だ。
割り切って考えろ、良いことなんて一つもない」
「深く関わりたいならちゃんと逃げんな、
間違えないなんて無理だから改善しろ」
「んで……本気で付き合うってんなら
今言った全部忘れて、反対のことしろ」
「何で反対になるんだよ?」
「正解を探して相手の得を優先して、
痛みに共感して寄り添ってって……」
「お前のいいとこなんてそれしか無いんだから、
他人じゃなくて大事ならそれをやれって話だよ」
「最後の逃げるなは……逃げろって何?」
……神埼に言わせればいつも通りの俺。
そういうことになるらしいが、
最後は何を言いたいか分からずに神埼に聞く。
「お前の頭に付いてない保険」
「どうしようなく真剣に向き合い続けて
そこに正解が無いのなら諦めろ、壊れる前に逃げろ」
「お前には……馬鹿みたいな借りがあるから、
その1回ぐらいは俺が何してもどうにかしてやる」
「未だにオマエのやった事を俺は許してないからな」
憎まれ口を言われつつ、
どうやら骨は拾ってくれるらしい。
……そうして、一応と散々と言われた意趣返し。
ちょっとキメ顔の神埼にむかってそれを言う。
「神埼……決めてるとこ悪いけど忠告多くね?」
「……うるせぇよ黙って死んどけ」
神崎はむくれて、興味を失ったように
携帯を弄り始めて……言い忘れたみたいに呟く。
「訂正するわ、黙って死ぬくらいなら言え」
「お前が死んだら、遊び相手が居なくなる」
「相変わらず俺もお前も友達いねーな、ホント」
「まぁ……そん時に覚えてたらそうするけど、
なんでわざわざそんな事言ったんだよ?」
「知らねーよ、ただの勘……じゃないな」
「お前が一番分かってるはずだろ」
そういったきり神崎は何も喋らなくなった。
……その日がいつ訪れるのかは知らない。
そんな、予定はまだスケジュールにない。
散々と好き放題に付き合わされている。
だからせめて、その時には困らせてやろう。
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