第32話 私が勇者選抜試験に呼ばれた理由
それは、過去にあった凄惨な大事件であり、国家の存亡をかけた大戦争でもあった。
黒魔術で五人の勇者を怪獣に作り替えた。その怪獣は悪魔の心臓……アル・デリアス・ベノン……と呼ばれ、数十の村落と幾つかの都市を滅ぼした。人的被害は数十万人にも上ったという。
その、悪魔の心臓を倒したのはラグナリア皇国の五大竜だった。
倒された悪魔の心臓は解体され、皇国にはリーネ・サルマンの意識が宿る左手が戻って来たのだが、その左手は教会の地下に封印された。
封印の管理を任されたのがアルク家であり、今、眼前にいる老女はそのアルク家の現当主エール・アルクだった。そのアルクが語り始めた。
「本来、この勇者選抜試験は優れた勇者を見出す格式の高いものだった。グラスダース王国と我がラグナリア皇国が一体となり、勇者戦争で失われた人材の補完を目的としていた。人間族としては切実だったのだから」
エール・アルクの言葉に皆が頷く。
「しかし、グラスダース王国は方針を変えた。勇者を名目上の肩書として扱い、実質的な育成を放棄したのだ。その根底にあったのが、グラスダース王国とラグナリア皇国の軍事同盟だ。竜神族の軍事力があれば勇者は必要ない」
国家的にはそうかもだけど、人間族に強い人がいてもいいんじゃないの? エール・アルクさんは何で怒ってるんだろうね。
「更に、あり得ない事が画策されているのだぞ。それは竜神族と人間族の婚姻だ。お前のミリア公爵家は、人間族と竜神族を姻戚関係にしようとしている。これは、竜神族が人間族を隷属させ支配するための陰謀だ」
ええ? それはむしろ、軍事縮小と民族の融和なのでは?
エール・アルクさんの言ってることは納得できないよ。
「エール・アルクといったな。お前の言っていることは全て間違っている」
うわ! 姫ったら堂々言い切っちゃった。めちゃカッコイイイイ! この態度には痺れちゃうわね。鼻血が抜けそう。
「そもそも、竜神族は人間族を支配して隷属させようとしていない。むしろ逆で、我らは人間と同化し人間として生きていこうとしている。その証拠として、この千年の間、我ら竜神族は人間の姿を持って生活し、人間として生きていこうとしている。お前も知っているだろう。かの平行世界において、多種多様な種族が全て人間族と同化し、人間となって生活しているという事実を」
「そうではない。竜神族による支配だ。私は信じないぞ」
うーん。姫の言ってることは分かるようなわからないような。でもそれが実現するなら、みんな人間族になるって事だから私達人間族にとっては公平な世界になるって事じゃないのかな?? とても信じられないんだけどね。
「エール。もういい。ここで私を封印し続ける事は無意味だと知れ。むしろ、この骨を残すことは悪魔の心臓を再構成する事への手がかりとなる。この遺跡は封印ではなく消滅させることが最善なのだ。そもそも、この勇者選抜試験こそ無意味な伝統だと知れ」
「それでは私が生きてきた意味がありません。私の存在価値とは何だったのでしょうか?」
「悪魔の封印を守った事だ。しかしそれは、悪魔の心臓を再構築するための手がかりを守った事でもある。それを止めよ。しかし、お前の一族だけが、お前だけが私に寄り添ってくれたことは事実だ。私はその事に深く感謝している」
「サルマン様……」
老いたエール・アルクはその場で泣き崩れた。リーネ・サルマンは彼女の傍に立って私を見つめる。
「ティーナ・シルヴェン」
「はい」
エールに名前を呼ばれてドキってした。
「君がここに呼ばれた理由はわかるね」
「え? 何なんですか?」
「とぼけなくてもいい。君の持つ最大の長所をここで発揮しなさい」
「えっと。それ、学園長からも使っちゃイケナイと言われているんですが」
「時と場合によるだろう。君の超高熱の魔法をここで使うんだ。それで勇者戦争の遺産は灰となる」
「ええ? 私がここを燃やすんですか? リーネさんを灰にするんですか?」
「違うよ。私の意識を閉じこめているこの左手の骨を灰にし、私を自由にしてほしい」
「リーネさんを自由にするんですか?」
「そうだ。私はもう100年もこの左手に拘束されている。ティーナ・シルヴェン。この馬鹿げた遺産を消し去ってくれ」
私は直ぐに返事ができなかった。そもそも、私はその超高熱の魔法を使ったことはない。何度か精神が昂って膨大な魔力を体の外に放出した事はあるけど、その度に誰かが私を制止した。姫や学園の先生にだ。
「ティナ。私からもお願いする。リーネ・サルマンの願いを聞いてくれないか」
「え? 姫もこの事を知っていたの?」
「詳細は知らされていなかったが、義父からティナを連れて行けと厳命されていた。そして、この勇者選抜試験を終わりにせよとも言われたんだ。私達が試験を突破すれば必ず終わると。私も今になって義父の言葉が正しく理解できた」
そうなんだね。姫からお願いされたのなら私はそれに全力で応えるしかない。
「ティーナ・シルヴェン。その気になってくれたようだね」
また思考を読まれている。リーネさんは今、意識だけの存在だから、私の意識も筒抜けなのかな。きっとそうだよね。
「君には感謝するよ。お礼に私の使っていた装備をあげよう」
「ティナ。それは凄いぞ。あの伝説の魔法使い、リーネ・サルマンの装備を貰えるなんて魔法使いとして最高の栄誉じゃないか」
「そうなの? 最高の栄誉なの?」
私にはピンと来なかった。だって、リーネさんの事なんて今日初めて知ったのだから。でも、かつては最高の魔法使い、そして勇者として尊敬を集めていたのだから、物凄い名誉なのも当然かもしれない。
「そこの隅にある宝箱に入っているだろう。そこから好きなものを選ぶと良い」
私と姫は、部屋の隅に置いてあったいかにも宝箱みたいな箱を見た。結構大きくて、小柄な姫なら中に入れるくらいの大きさだ。
もしかして人食い箱なのかも?
「ティナ。ティーナ・シルヴェン。君は1000年以上生きた大魔法使いなのかね? そんなに宝箱が大好きなのかね??」
リーネ・サルマンの問いに私は首をブルブルと振って否定した。そもそも1000年以上生きた大魔法使いって誰の事なのかさっぱりわからなかった。
【続きます】
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