20てふてふ🦋わたしは思い出せない普通の女の子?

「メリーおばあちゃん。

もしよければですけど、わたしがお力になれるかもしれません。

これからハニーツリーにあることをしたいと思います。

うまくできるか分かりませんが試してみてもいいですか?」


メリーおばあちゃんに向き直って真剣に聞いてみる。

だけどこんな言い方じゃうまく伝わらないよね?


「……やってごらん」


わたしの瞳を見つめて、少し考えるようにしてからうなずいてくれた。

わたしの言ってることはわけが分からないと思うのに不思議と信じてもらえてくれてる?


チャチャもちょっと悩ましそうな顔をしてるけど黙ってくれてる。

わたしの力をほかの人に見せるのは危険だもんね。

心配させちゃってごめんね。

ウルちゃんもほかの人には見せない方がいいって言ったのに興味津々とっても楽しそう。

メリーおばあちゃんを信頼している証拠だね。


ウアくんがもーとひと鳴き。

俺のイカしたフェアリーちゃんがやってくれるぜ。だった。

どういう?


枝葉が混み合わないように剪定された、ほどよい大きさの樹形。

足腰だって辛いだろうに見渡す限り数えきれないくらいに植わってるこの量を一人で管理するなんてとても大変。

こんな小さな小さなお年寄りが丹精を込めてしっかり育てているハニーツリー。


それなのに花はほんの少ししかついていない。

これじゃミツバチのごはんにはとても足りない。

単花蜜だからほかの花を植えるわけにもいかない。

そもそもほかの花だって咲くことはほとんどなくなってしまってる。

数が少なくなってしまうのも当然よね。


いつもみたいにお願いしてみよう。

木々の前でちょこんとかがんで手を組んだ両手をおでこに当てて目をつむる。


「シルちゃんや、ちょっといいかい?」

「はい。なんでしょう?」


メリーおばあちゃんの問いかけに目を開けて向き直る。


「精霊様のお心とお姿をよーく思い浮かべてごらん」

「精霊様ですか?」

「そうだよ。この世界を守護する精霊様のことをだよ」


やっぱりメリーおばあちゃんは女神様と同一視してない。

精霊様のことをちゃんと知ってる。

この世界を守護しているのは女神様じゃなくて精霊様。

それは夢の中の小説で見た通りではあるけれど、幼いころからなぜかわたしには精霊様としての存在を心に感じていた。

なんで精霊様が女神様になったんだろう?

そもそも神様なんているのかな?


「はい。分かりました」


両手をおでこに当てて目をつむる。


柔らかく暖かい陽射し。

爽やかな風が心地よく吹き抜けていく。

痩せた土でも懸命に枝葉を伸ばすたくさんのハニーツリー。

きっとたくさんのお花をつけたがっている。


精霊様……お願いするときには、いままであまり意識したことはなかった。


メリーおばあちゃんの言う通り、精霊様の心と姿を心に映すように思いを込める。

見たことはもちろんないけど。

……なんだかあったかい。

……優しさと力強さを肌に感じる。

その姿を心に浮かべることはできないけど、その存在を確かに感じられる。


「精霊様、ハニーツリーさん。

わたしのお願いを聞いてください。

かわいいかわいいお花さん。

たくさんたくさんきれいに咲いてください。

ミツバチさんたちにおなかいっぱいの蜜を食べさせてください」


太陽と風と土の優しい囁きが聞こえてくるよう。

お花さん、いっぱいの優しい想いを受け取って。


「うはは〜♪ 満開やんなあ♪」


目を開けると目の前に広がるハニーツリーがたくさんの蕾をつけて順々に花が開いていく。

小さな白い花が咲き誇ってとてもかわいらしい。


風にさわさわと揺れてとてもうれしそう。


「シル様! 見てくださいにゃ!

ミツバチたちが箱から飛んでいきますにゃ!」


たくさんの養蜂箱があるけど、ほとんど中身は空なのかいくつかの養蜂箱からだけミツバチが現れた。

花弁にとりついてあっという間に花粉のお化粧をしてる。

わたしが一匹のミツバチを見つめていると、少し恥ずかしそうに脚を器用に動かして花粉団子のソックスを身につけてる。


「これならきっとミツバチさんもおなかがいっぱいだね。

そうだよ。

おなかがいっぱいなのは幸せなことなんだよ」


夢の中、病で死んでしまった女の子は昆虫学者になりたい夢を追いかけてだいぶ無理をしていた。

学費を稼ぐためにたくさんのお仕事をして、寝る間も惜しんで日々を過ごしていた。

食費だってバカにならないからといつもおなかを空かせていた。

結局、病気で倒れてからもろくにおいしいものを食べれていなかった。


大不況のヴィラ王国。

人だけじゃない、虫や動物に魔獣だっておなかを空かせてる。

わたしのこの力があればみんなのおなかをいっぱいにできるかな?


「シルちゃん、あんたのその姿は……」

「え?」


メリーおばあちゃんが目をまん丸にして驚いてる。

アンナからもらった服が破れて背中から二対の羽が大きく広がっていた。

透き通るほどにキラキラと煌めく青が美しい。

青みがかった白銀のロングヘアが輝いてとても幻想的な光を発している。

あれ? 髪が長くなってる?

チャチャに髪を整えてもらってショートボブになったはずだけど?

髪を切ったわたしの覚悟は!?

待ってれば伸びるものだからまあおんなじことか。


「うにゃ!?

またシル様に羽が生えてますのにゃ!

お髪が伸びてますにゃ!?」

「うはは〜。まるで妖精やんなあ」


花々を夢中で見ていた二人が振り返って驚いてる。


「妖精? 悪魔じゃなくて?」

「こんな美しい悪魔もいるかもしらんけど?

どっからどう見ても妖精さんやんなあ。

なあ、先々代の聖女様もそう思うやんなあ?」


「先々代の聖女様!?」

「うにゃ〜」


「改めてご挨拶を申し上げます。

シルフィール・アトレーテス様。

すでにお役目を果たし、細々とながらえております。

先々代の聖女としてお勤めをさせていただいておりました。

メリー・エトワールと申します」


曲がった腰をさらに曲げてうやうやしくカーテシーをするメリーおばあさん。


「メリー・エトワール様。

聞いたことあります。

国土の発展と安寧に大変尽力された歴代聖女様の中でも優れたお方だと」


そう。そして小説ではとても重要な人物だった気がする。

聖女様がヴィラ王国を救うために……

えーと、なんだっけ?

肝心なところがいつも思い出せない!


「お知り置きいただきうれしい限りでございます」

「メリーおばあちゃん。

さっきみたいに普通に話してください。

わたしはもう公爵令嬢でもなんでもない普通の女の子です」


実質的にはそんなことないと思うけど、わたし的にはそういうつもりだからね。

そういうことにしておこう。

お父様とお母様がわたしのことをどう処理してるかは知らないし。


「そうかい?

それじゃあ、そうするかねえ。

だけど、公爵令嬢様だからってわけじゃないんだけどねえ」


「そうなんですか?」

「まあ、そのうち分かることもあるだろうさ。

シルちゃんのおかげで満開な花にミツバチたちが大喜びだよ。

これならミツバチも増えてくれるねえ」


うん。ミツバチが減ったままだと大変だ。

もしかしてさ?

各地の不作の原因て土だけじゃなくて、このことも大きな原因じゃない?


「メリーおばあちゃん。

ミツバチの数が減り始めたのはいつからですか?」

「そうだねえ。

かれこれ十数年は経つかねえ。

箱全部にいっぱいいたけど、ちょっとずつ減っていってねえ。

急に減ってしまったのは三、四年前ころからかねえ」


大不況は十年にわたるとお父様も言っていた。

わたしが眠りにつく前、特にひどくなっているということを王妃教育の一環で学び、その話をチャチャとしたのは眠りにつく三年前。

もしかして全国的にミツバチが減ってる?

もしかして大不況の原因はアンナのところで感じた土の問題だけじゃない?


「メリーおばあちゃん。

もしよかったらなんですけど、養蜂箱の作り方を教えてもらえませんか?」


「いいけど、どうするんだい?」

「やってみたいことがあるんです。

養蜂箱を増やして元気なミツバチたちを各地に送り届けるのもいいかなって」


「ミツバチをかい?

不思議なことを言い出すねえ?

ハチミツが好きだからどこでも作れるようにしたいのかい?」


そっか。ミツバチが生態系にどう関わってるかなんて知らないよね?


「それはそれでいいんだけど、そうじゃないんです。

ミツバチはおいしいハチミツを作ってくれますよね?

だけどそれだけじゃないんです。

作物の種類によって異なりますけど、ミツバチは花粉を運ぶことで作物に実りを授けてくれるんです。

不作の土地にミツバチが増えれば、きっと豊作が期待できるんです」


夢の中で見た世界でもミツバチの絶滅が危ぶまれている。

農薬だったり、大きな気候変動だったりミツバチが大量死することがあるから。

もしもミツバチが絶滅すると世界中の農産物の生産が困難になって、人類も滅んでしまう可能性もあるかもしれないとさえ言われていた気がする。


「そら知らんかったやんなあ」

「さすがシル様ですにゃ!」


「そうかい。それは精霊様のお力とはまた別の素晴らしい力だねえ。

それならミツバチのいる養蜂箱と空き箱をいくつか持っておいき」

「いいんですか!?」

「その方が話が早いだろうさ。

もちろん作り方も教えるよ」

「ありがとうございます!」


深々ぺこりと頭を下げるわたしの頭をぽんぽんとなでるメリーおばあちゃんがハニーツリーをとてもうれしそうに見渡している。


「あれ? でもどうやって養蜂箱を運んだらいいのかな?」


夢の中で女の子が勉強していた話を思い出した。

転地養蜂というやり方があるらしい。

季節の花を追いかけて各地を巡った先でハチミツを採取することで、安定して集めることができる。

わたしの目的は違うけど養蜂箱の移動はできると思う。

だけど持っていくには……えーと、トラック?とかが必要だよね?


「それならウアくんの荷台に載せるとええやんなあ」

「え!? でもそれだとずっとわたしと一緒に移動することになるよ!?」


ウルちゃんだって自分のやりたいことがあるでしょ?

わたしにそこまでしてもいいの?

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