5てふてふ🦋わたしは毒蛾で婚約破棄?
「なにも王立学園に入学をしなくともよかろう!」
アトレーテス公爵家のために用意された客間に響くお父様の驚く声。
お父様とお母様が座るソファの向かいに座るわたしは優雅な所作で紅茶を一口。
完璧に身につけたマナーは三年経っても忘れてはいない。
満足そうにお母様が微笑んでる。
「いえ、お父様。
少なくとも明日に開催される高等部の入学パーティーには必ず参加をいたします」
「少なくとも?
しかし、シルフィール。
お前も耳にしている通り、王立学園の生徒たちもお前の噂で持ちきりだそうだ。
学園だけではない。
王宮や貴族諸侯はもとより国中に広まってしまっている。
悪魔に憑かれたアトレーテスの令嬢がヴィラ王国を滅ぼすと!
ただでさえ十年にもわたる大不況のせいで国土は荒れているのだ!
陛下とわたしもその責任を問われている!
いまでは我が領も悪魔に呪われているとまで言われる始末!
今後も我がアトレーテス家が盤石の地位を築くためにもイチャコラ王太子殿下とシルフィールの婚姻に影がさしてはならぬのだ!
ほとぼりが冷めるまで屋敷に戻った方が良いだろう!?
いやしかし、イチャコラ王太子殿下と聖女様をこのまま放っておくわけにもいかぬか!?」
うわあ。そんなことになってるんだ。
わたしったら国を滅ぼすほどの存在と思われてるの。
どこにでもいる普通の令嬢なのにね。
婚姻かあ。
やっぱりお父様としては当然そっちの方向に話を持っていきたいわよね。
それにしてもチャチャだけじゃなくてお父様までイチャコラ王太子殿下だなんて不敬だわ。
「あなた!
シルの前でなんてことをおっしゃるのですか!
確かにシルフィールを蔑ろにしておきながら聖女様にばかりご執心のイチャコラ王太子殿下にはわたくしも腹立たしくは思っておりますが!
あまり口さがないことをおっしゃるなら口を聞いて差し上げませんわよ!」
お母様までイチャコラ王太子殿下なのね?
不敬だわ。
「ぬわ!? す、すまん!
そんなつもりではないのだが!
そんなことをされてはわたしの命が尽きてしまう!」
「大袈裟ですわね」
「愛するものと会話ができないなどわたしにとっては地獄!」
「もう、あなたったら」
わたしの目の前だっていうのに抱き合う二人。
お父様ったらそのまま口付けしてるし。
お母様もうっとりとしてうれしそう。
あらあら。この両親は相変わらず熱々で仲がいいこと。
「なんとおっしゃられてもわたしの意思を曲げることはできません。
そんなことよりもお二人の甘い時間をお大事に過ごされた方がよろしいです。
それでは、わたしの新しいお部屋に失礼させていただきます」
「あ! こら待て!」
「困ったわねえ。
わたくしとしてはシルフィールが辛い目にあうようなことにはなってほしくないのだけれども」
二人を後にチャチャと客間を退出する。
親のイチャイチャを見せられるこっちの身にもなってほしい。
顔が赤くなるから!
そして翌日、勝負の日。
「シル様。
バッチリですにゃ!
にゃんて美しいお姿ですにゃ!
どんにゃドレスも着こにゃしてしまうシル様が素敵ですにゃ!
ご指示の通りのドレスをご用意させていただきましたが、こんにゃドレスでよろしかったですにゃ?
しかもこんにゃに巻き髪にするにゃんてシル様の清純清楚なイメージとは……」
わたしの髪をセットし終わったチャチャが姿見を用意してくれた。
「ばっちりだと思う!」
目覚めたわたしのために用意された個室。
姿見に映るわたしのドレス姿。
白銀の巻き髪ロングヘアと黒い華美なドレスがよく似合う。
基本は青を基調とした清楚なプリンセスラインなのに、幾重にも重ねられた黒いシースルーのヒラヒラフリルが悪役っぽい。
それに大胆なバックオープンで背中を丸出しにしてることもあって悪女っぽいかしら?
「アクセサリーはいくつかご用意しましたがいかがにゃさいますにゃ?」
「うわ。派手なのがいっぱいね。
やっぱり華美なのは苦手。
そうね、ネックレスとイヤリングはやっぱりこれがいいわよね」
「はいですにゃ」
チャチャが選んでくれた蝶々のペンダントトップのネックレスと蝶々のイヤリングをつけてもらう。
姿見の前でくるんと一回転、もう一回転。
うーん。
こうやって見るといかにも悪役令嬢ね?
黒い扇を持つともっとそれっぽいかしら?
12歳から15歳になった自分の姿にまだ慣れない。
寄せて上げてしっかり谷間ができてるし。
わたし成長したなあ。
幼さがいくらか抜けて多少キリッとした顔つきになってる?
なるほど。冷たーい冷淡冷酷な表情をすれば怖く見えるかしら?
「これならどこからどう見ても悪役令嬢よね?」
「うにゃ?
悪役令嬢でございますにゃ?
ええと、シル様が悪魔令嬢と言われてる件ですかにゃ?」
「悪魔令嬢ね」
目を細めていかにも意地悪そうな表情をしてみる。
……無理だ。
変顔にしかならない。
「うぷ! シル様、突然どうされましたのにゃ?」
「……」
チャチャったら、わたしの顔見て笑ってるし。
もう一回悪役令嬢顔に挑戦したらまた笑われた。
そんなにおかしい?
「うーん。誰からも恐れられるような悪どい令嬢になるのも大変ね?」
そもそも人の悪口とかを言ったことないし人を憎いとか思ったことないもの。
夢の中で見た小説の挿絵を思い出す。
意地悪そうな顔をしたシルフィール。
どんなことを考えたらあんなに怖い顔つきになるのか想像もつかないわ。
仕方がないから無表情でいこう。
鏡に睨めっこしてみる。
うん。無表情ならいける。
……かもしれない。
うまく顔が作れないときは扇で隠そう。
「お優しいシル様を怖がるにゃんて!
……虫好きを怖がられてはおりますがにゃ。
シル様が悪どい令嬢ににゃるにゃんて考えられませんのにゃ」
「ダメかなあ?
わたしは断罪される悪役令嬢にならないといけないんだけどなあ。
それこそ悪魔憑きの悪役令嬢に見えるようにならないといけないのに。
ちょうちょさんのアクセサリーが噂の悪魔の繭を連想させてくれるかしら?
でも繭なら大抵は蛾よね。
わたしは毒蛾だったり?
繭を作るとても珍しいちょうちょさんもいるけど」
そんなちょうちょさんを図鑑で見た気がする。
「断罪ですにゃ?
悪魔の繭にゃんてとんでもにゃいですにゃ!
毒蛾だにゃんてチャチャはシル様のおっしゃる意味がよく分からにゃいのですにゃ」
それはそうよね。
わたしにもなんであんな風になったかなんて正直よく分からない。
それに三年の間、たくさんの夢を見ていたはずだけれどあんまり覚えてない。
夢の内容なんて覚えていることの方が少ないもの。
そもそも繭だか蛹だかになるなんてことは物語の中のシルフィールには起こっていなかったと思う。
中等部の三年間では、シルフィールは取り巻きを連れ歩いて我が物顔で歩くような女の子だった。
ちょうちょさんを始めとした虫やお花が好きなんて設定もなかった。
悪役令嬢のシルフィールは聖女様をいじめ倒していたし。
それもあって聖女様をかばうルイと大接近して恋物語が始まったわけだけど。
中等部の三年間の間、別に悪役令嬢のシルフィールがいなくても仲良くなるものなのね?
わたしが悪魔令嬢になったのだからそれが影響してる?
「大体、悪魔憑きだにゃんてとってもお優しいシル様がそんにゃことあるわけにゃいのですにゃ。
シル様ご本人がそんにゃことをおっしゃるだにゃんてチャチャはとっても心配ですにゃ。
うにゃ〜」
チャチャの瞳からこぼれる涙を拭きとる。
「ごめんね、心配をさせて。
三年もの間、ずっと見守ってくれてありがとう。
でもね、がんばらないといけないの。
わたしは自由を勝ち取るために……
この入学パーティーで……絶対に婚約破棄されてみるわ!」
「うにゃ!?
婚約破棄ですにゃ!?
びっくりにゃことおっしゃいますにゃ!?
ですがそれは……チャチャも望むところですにゃ!
あんにゃイチャコラ王太子殿下にシル様をとられてしまうのはチャチャも嫌ですにゃ!」
「分かってくれる?
理由はそれだけじゃないんだよ。
厳しい王妃教育に拘束されたブラックな日々!
お父様の話を聞けばヴィラ国の状況は最悪!
こんな状態で王妃になんてなったらどんなことになるか!
それこそ悪政女王と言われかねない!」
夢の中で見たようなブラック企業で働いて過労死してしまうような人生はごめんなのよ。
下手すると断頭台送りとかされそう。
「うにゃー。
きっと毎日毎日、王妃様としての激務に追われてお休みする時間もにゃいのですにゃ」
「そうよね!
わたしはもうそんなのは嫌!
自分の人生は自分のために楽しく過ごしたいの!
いくら許嫁とはいえ、思えばルイのことを好きになったのがいけなかった!
恋愛なんていらない!
わたしはお花とちょうちょさんに囲まれたいの!
わたしは王宮から羽ばたいてみせる!
もちろんチャチャも一緒だよ!」
夢の中で見たあの女の子。
病で死んでしまって夢半ばの人生。
あの女の子の分も楽しんで生きていきたい。
「うにゃ〜!
シル様といられるにゃらどこまでもついていきますのにゃ!」
「だけどさ?
そもそも婚約破棄ってこっちからされるように仕向けられるものなの?
まあまずはパーティーに出席しないと始まらないわよね!」
「ところでシル様。
お話の仕方がとても庶民のようににゃってしまわてますのにゃ。
公式の場ではお気をつけてくださいませにゃ」
「あれ? そう?
気がつかなかったわ」
もしかして夢の中のことが影響してる?
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