第十七章:チェルシーの挑戦(00)

 冬の朝。

 冷えた空気の中でも、湖光亭の台所からは変わらず湯気が立ち上っていた。

 カップから立ちのぼる香りに、想は肩の力を抜く。

「……このハーブティー、微妙に変えました?」

「正解。今朝はローズマリーの割合を少し減らして、代わりにフレッシュなレモンユリを入れたの。気温と湿度に合わせて、ね」

 そう答えたのは、チェルシーだった。

 近頃、彼女は台所に立つ時間が増えていた。

 というのも、湖光亭に常駐で働きたいという希望者がぽつぽつと現れ始めたからだ。

 市での甘酒の成功を受けて、湖光亭の名が少しずつ村の外にも広がり始めていた。

 それに伴って、宿の業務も次第に多忙になり――

「そろそろ、“教える人”が必要になるわね」

 そう言ったのが、チェルシーだった。

「接客にしても、調理にしても、誰かに任せられる状態をつくるためには、“目的”と“道筋”が必要。だから私、従業員育成、やってみようと思うの」

「チェルシーさんが……?」

「私、自分の中の“目標の立て方”を言葉にするの、ちょっと得意なの。昔、そういう勉強もしてたし、旅先で短期バイトの新人教育をよく任されてたから」

 想は、目の前にいるチェルシーの眼差しに、小さな炎を見る気がした。

「最初の育成対象、もう決まってるの」

「誰ですか?」

「友里ちゃん」

 その名前に、想は少し驚いた。

「確かに、彼女は勉強熱心だけど……“教わる側”として大丈夫ですか?」

「うん。友里ちゃんは“自分のやりたいこと”がまだ定まってないだけ。でも、話を聞くときの集中力、資料を読み込む力、そして“他人をサポートしたい”という気持ち、全部ある」

 陽も、それを聞いてうなずいた。

「実は、私も思ってたの。友里ちゃんにもっと“背中を押すような場”をあげられたらって」

 こうして、チェルシーと友里の“育成ペア”が始動することになった。

 最初のテーマは、「接客における第一声のトーンと意図を伝える練習」。

 そして、「自分なりの“もてなし”とは何か」を見つけること。

 友里は、緊張しながらも真剣に向き合っていた。

「お客さんに、どう話しかければいいか、ずっと“正解”を探してたけど……今日、チェルシーさんに“自分の言葉でいい”って言ってもらえて、ほっとしました」

「正解より、“あなたらしさ”の中に答えがあると思うの。私も、完璧じゃない。でも、“やってみよう”って決めたときから、景色が変わるから」

 雪の降る昼下がり。

 教えることは、自分を見つめることでもある。

 チェルシーの挑戦は、“湖光亭”という家の中に、新しい土台を築き始めていた。

(→01へつづく)

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