第十二章:王都からの査察(01)

 午後。

 使節たちはそれぞれに、〈湖光亭〉の施設を静かに見て回っていた。

 陽が案内役を引き受け、調合室、浴室、宿泊部屋、そして裏庭の薬草園へと順に巡る。

 その途中、筆録官がひとつ、問いかけた。

「この薬草園、どの程度の頻度で手入れが入っている?」

「週に三回。天候次第で回数は増えます。作業は宏美と私、そして想が担当しています」

「施術や治療への直接提供は?」

「一部は診療所へ納品しています。宿泊者向けの薬湯にも利用しています」

 無駄のないやりとりの間に、想はあえて口を挟まなかった。

 むしろ今は、“どのタイミングで何を語るべきか”を測っていた。

 やがて、茶室に入ると、チェルシーが紅茶の準備を整えていた。

 銀のポット、蜂蜜漬けの果実、木のトレイに並べられた二種類のブレンド。

 筆録官が湯気を見ながら尋ねた。

「来客に出す茶は、日ごとに変えるのか?」

「はい。気温と湿度、客の体調によって変えています。“もてなし”というのは、ただ提供することではなく、“相手を読むこと”だと考えています」

 チェルシーのその一言に、帳簿官が顔を上げた。

「……なるほど」

 見学の最後に、再び会議室に戻った一行。

 窓からは湖が見える。夕陽が差し込み、光が帳簿の端を照らす。

「……私は数字を疑ってここに来た。だが、君たちは数字の外で、確かな信用を築いていたようだ」

 帳簿官が言った。

「金銭に換算できない取引も、資産価値になりうる。“繰り返し訪れる旅人”という存在を、“再評価項目”として記録しておこう」

「税率は?」

「初年度は“試験免税”とする。来年のこの時期に改めて査定し、再評価を行う」

 その場に、静かな安堵が流れた。

 想は、一歩だけ前に出た。

「ありがとうございます。……でも、一点だけお願いがあります」

「なんだ?」

「“来年までに評価されるためにがんばる”のではなく、“ここで暮らすこと”を守るために努力します。それが、私たちの本当の基準です」

 帳簿官は、しばらく黙ったまま想を見ていた。

 そして、ふっと口角を上げた。

「……実に妙な宿だ。だが、妙な宿には、妙に人が集まるものだ」

 言い残して、使節団は湖光亭を後にした。

 その背中を見送りながら、陽がそっと呟いた。

「想。……ほんとうに、すごいね」

「いえ。皆がいてくれたからです。陽さんも、チェルシーさんも、宏美さんも、みんなの空気が、この宿の“保証書”なんです」

 その瞬間、窓の外を風が通り抜けた。

 湖面がきらめき、灯りのついた湖光亭が、再び静かに息を吹き返していた。

(→End)

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