第十二章:王都からの査察(00)

 九月初旬。

 秋の気配がわずかに忍び寄り、朝の風が涼しさを帯び始めた頃、湖光亭の門前に、一台の馬車が止まった。

「王都の国庫使節……?」

 陽が手にしていた薬草の束を落としそうになるほど、それは予想外の来訪だった。

 馬車から降り立ったのは、黒と銀の礼服に身を包んだ男だった。

 年の頃は四十代半ば。無表情で、すでに視線は屋敷の構造を値踏みするように滑っていた。

「本日より三日間、王都商務院の指令により査察に入る。貴宿の営業内容、帳簿、調合記録および流通品の現物確認を行う」

 早口で告げるその言葉に、場の空気が一気に引き締まった。

「“国庫課税評価”、ってことか……」

 想が低くつぶやくと、チェルシーが頷いた。

「年に一度、辺境地にも査察が入るの。普段は村役が対応するけど、新しく“商業活動を始めた拠点”には、独自の帳簿提出が求められるのよ」

 想はすぐに状況を理解した。

 つまり、〈湖光亭〉が“宿屋として正式に認められるかどうか”、その正念場が訪れたということだ。

「……対応、俺がします」

 そう言った想に、陽が不安げな顔を向けた。

「でも、想、税の制度も、交渉の流れも……」

「東京で営業してた頃、毎年、顧客の経理部と決算資料のやり取りしてました。数字で押されるのは慣れてます」

 そう言って微笑んだその表情に、陽はふっと肩の力を抜いた。

 使節団は三人編成で、帳簿官・物証官・筆録官のそれぞれが担当分野をもっていた。

 早速、会議室に設けられたテーブルで、帳簿の写しと領収記録が確認される。

「売上に対し、原価率が異様に低い。これは記載漏れか?」

「いいえ、薬草は自家栽培、パンと茶も原材料の一部を物々交換で入手しているため、金銭での支出は相対的に少ないです」

「では、交換記録は?」

「すべてこちらに記帳済みです。“価値換算表”も添付しています」

 使節はしばらく無言でページをめくり、やがてぽつりとつぶやいた。

「……この手の“融通型経済”は、税の基準が定めにくい」

「だからこそ、形式的な枠にはめるのではなく、“機能”で評価してほしいのです」

 想の言葉に、帳簿官の眉がわずかに動いた。

「この宿がもたらしているのは、“貨幣”による利益ではなく、“交流”による再訪。税率の数字だけでは測れない、そういう“繋がりの循環”です」

 しばらくの沈黙のあと、筆録官がその言葉を書き留める音だけが響いた。

 想はゆっくりと立ち上がり、湖側の扉を開いた。

「ぜひ、実際の空気を感じてください。昨日も三人の旅人が、ここで雨をしのぎ、次の町への手がかりを得て出発しました。名前も記録も残っていませんが――彼らはきっと、この宿の“価値”を覚えていると思います」

 その言葉に、使節のひとりが静かに立ち上がった。

「……現地確認に移ろう」

(→01へつづく)

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