第4話 目覚めの意思と胎動
──暗い。
まるで瞼を閉じたまま、深い水の底に沈んでいるようだった。
重さも、痛みも、時間さえも失われた世界。だが、確かに意識だけがそこにあった。途切れそうな思考の奥に、ある問いが浮かぶ。
「……ここは、どこだ?」
呟いた瞬間、世界がざらついた。水面に石を落としたように、虚空に波紋が広がる。まるで言葉が、この空間そのものを揺さぶったかのようだった。視界が、じわりと開いていく。
そこは──異形の空間だった。
黒い岩盤が蠢くように歪み、天井のない広間が無限に広がっている。重力の向きすら不安定で、床と思しき場所すら、時折裏返る。
「……ダンジョン、か?」
言葉にするたび、この空間が形を変えていく。通路が伸び、階段が生まれ、壁に浮かんでいた紋様が意味を帯びる。
そして、広間の中心に、それはあった。
黒曜石のように輝く球体──浮遊するコアが、静かに光を放っていた。
それに引き寄せられるように歩き出す。足音が、異様な静寂の中に響いた。
手を伸ばし、指先が球体に触れた瞬間、脳裏に激流のような情報が流れ込んだ。
《接続確認──ダンジョンコアとのリンクを確立》
《管理者権限:付与》
《現在の階層数:5》
《エネルギー総量:50,000》
《称号確認:侵略者/創るもの/第三界の主》
「なんだ……これは……」
理解できないはずの情報が、まるで生まれた時から知っていたかのように染み渡ってくる。
──魔物の創造が可能。
──罠の設置、地形の操作、新たな階層の構築。
──獲得エネルギーは、領域内の地脈・生命活動・死体の完全回収によって増加。
──地上との連結は、二箇所:魔族領境界・人類領辺境に確認。
「まさか……この“穴”は、俺の……?」
自らの存在が、空間そのものに溶け込んでいる感覚。思考すら、壁の震えとなって伝わる。
そう──ここは彼の領域なのだ。
彼の意思で罠は作動し、魔物が目を開け、通路が変形する。
彼は知った。
この世界の一部を──否、「第三界」そのものを支配する力を得たのだと。
(なぜ、こんな力を……)
脳裏に浮かんだのは、あの神の“声”だった。
《見つけたぞ──争いに絶望した、おもしろい目をした者よ。
お前に、第三の選択肢を与えよう。世界に、壊す権利を──》
あれは夢か幻か、それとも本物の“神”か。
だが今、この空間が確かに存在している。彼の思考で、既存の魔物のを生み出すだけだなく、魔物の設計すら可能だった。
目の前に表示される設計画面には、無骨な獣から魔術特化の存在まで、多様な選択肢が並ぶ。
エネルギーは五万を超えていた。魔物の創造、罠の設置、階層の追加。あらゆる選択が可能なだけの余力がある。
そして、称号。
──侵略者。
──創るもの。
──第三界の主。
(ふざけてる……)
笑うしかなかった。
和平を願った男が、誰よりも侵略的な力を持つとは。だが、もはや彼に迷いはなかった。
人類にも、魔族にも、期待することは何もない。どちらも神の手のひらで踊らされていた。自分もその駒の一つに過ぎなかった。
だが今は違う。
この空間は、神々の掌の外だ。否、“掌そのものを壊せる力”なのかもしれない。
彼は、初めて静かに笑った。
「……なるほどな」
これが、第三の選択肢。
世界のどこにも属さず、神にも従わず、ただ己の意思で作り、壊し、終わらせる。
力を握った者の笑みは、やがて静かに消えた。
目を閉じる。意識を空間の深部へ沈める。
もう、どちらの陣営にも戻るつもりはない。理解されなくていい。必要とされなくていい。
望んでいたのは「終わり」だった。
ならば、この力を使って──この世界ごと終わらせてやる。
静寂が戻ったダンジョンの核に、再び脈動が生まれる。罠が息を吸い、壁が脈打ち、魔物が胎動する。
ルトスの意思は、闇へ沈んだ。
だがそれは、眠りではない。
破壊の胎動だった。
—————————————————————大体説明が終わったので少し文量を増やして物語を進めていきたいと思います。
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